4月29日 11:21 グラウンド
樫谷高校のバスは11時前に高踏高校のグラウンドに着いた。
藤沖にとっては久しぶりのグラウンドである。
交通事故がなければ、今でもここにいたのかもしれない。
「藤沖先生」
バスから降りると、早速陽人と結菜達が出迎えに来た。
「やあ、全国ベスト4のチームと試合が出来て光栄だよ」
という挨拶すると、陽人が苦笑する。
「まあ、一生名乗れる肩書を得ることができたと前向きに考えますよ」
「前向きなんて気軽に言わないでくれる? 全国大会準決勝まで行った肩書を貰えるなら土下座するし、靴でも舐めるって人が日本中にいくらでもいるから」
もちろん、僕だってそうだよと藤沖も笑いながら言った。
陽人は「恐縮です」と畏まりながら。
「今、選手は試合前の軽食とっていますけれど、一緒します?」
「軽食か、悪くないね……」
藤沖も指示を出し、樫谷のメンバーも高踏のクラブハウスへと移動する。
「しかし、改めて見ても大きなクラブハウスだよね」
「掃除が大変です」
陽人の即答も頷ける。元々はゴルフコースのクラブハウスだったから、100人200人と収容できるし、様々な部屋がある。これを全部掃除するのは一苦労だろう。
「いっそ寮にも出来そうだね」
「できなくはないでしょうけれど、公立校ですからね」
寮にすれば選手の多くは移動の手間がなくなり、その分を練習にあてることができるという利点はある。とはいえ、陽人の言う通り、「いくら何でも公立校なのに部活のために寮まで作るのはいかがなものか」という声が出て来るだろう。
「ただ、食事についてはここで食べて帰る生徒もいますね。食費云々というわけではないですが、メニュー的な部分で優れているので」
「確かにね」
食事の重要性は藤沖も理解するところだが、樫谷では全面的に踏み込めているわけではない。
「同じメニューでも調味料の使い方や調理法で随分と変わってくるしね」
「そうなんですよ。ある程度好きなものも食べないと気分が乗らないですからね。といいつつも、希仁と翔馬がいるので、一年組も変なものは控えるようにしていますけれど」
確かに、樫谷は頷く。
稲城と立神という、高校一年にして既にトップクラスの身体能力をもつ2人がいるということは大きい。
この2人が「食事もトレーニングの一環」とばかりにきちんとした食生活をしているので、彼らに劣る者達としては倣うしかない。
ちなみに稲城に倣うのは1年生だけでなく、顧問の真田順二郎もそうであった。
ただし、こちらは真田本人というより、娘の事情が関わる。運動神経抜群で成績も優秀という稲城のような子になってもらいたいという願望が大きいようだ。そのために稲城の食事などを参考にし、娘にも食べさせようとしている。
父親としての責任か、自分も食堂でそうしたものを食べている。もっとも、育児費用捻出のために自分の食費をカットしたいというやや小賢しい動機もあるようだが。
部員を軽食に付き合わせる間、藤沖もみかんを食べながら陽人と話をする。
「ここまでAチームは三連勝で、Bチームも悪くないみたいだね」
「そうですね。樫谷も三連勝していますよね?」
樫谷は昨年、藤沖がいない間に成績を落としてしまって降格してしまっており、トップチームが二部に所属している。高踏のBチームとも12月に試合が組まれている。
「現行制度になって以降、ずっと一部をキープしていたチームだからね。二部くらいは勝てないと困ると言いたいところだけど、落ちて簡単に上がれるものでないのも現実だ。Bチームとはいえ何をしてくるか分からないところもあるし」
「いやぁ、その時は降格ラインにいて必死かもしれませんし」
「……そんなこと言いつつ、ボコボコにやられそうな気がするんだよね。ま、二部にいるということは上位から忘れられた存在となるわけだ。ノーマークの強みは昨年しっかりと目の当たりにしたし、うまく続けるように頑張るのみだよ」
資料を取り出して、陽人に見せる。
「県内の状況を確認しているかい?」
自信はないですが、陽人は首を傾けつつも。
「マニアックに調べている子がいるので、大体の情報は。深戸学院は主力が二年なので今年はちょっと落ちているのではないかという見通しは聞いていますね」
「同感だ。エースの下田は更に良くなっているけれど、相方の榊原もフィニッシャーの新木、更に出し手の安井も卒業した。それでも、誰かさんがいなければ今年も本命候補だったのだろうけれど」
「それも言われていますね。去年は打倒深戸学院が最大の目標だったけれども、今年の深戸学院にはそこまでの力はないから、高踏にさえ勝てば、全国に行けるだろうと踏んでいると」
「もちろん実際にはそう単純なものではない。深戸学院も佐藤さんもここ数年、追われる者の大変さに悩まされていたけれど、今年は解放された。チーム全体が気楽になったことで逆に伸びる可能性がある」
谷間の世代という言葉があるが、時として谷間の世代の方が大器晩成型の選手を送り出すこともある。
「ただし、全体として打倒高踏なのは間違いない。その辺りはどう思っている?」
藤沖の問いかけに、陽人は再度首を傾げる。
「大きな大会予選が近づいたら分かりませんが、今のところ、あまり感じてないですね」
どうでもいいおまけ・2期目の深戸学院メンバー
https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093076374996989
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