4月29日 9:22 バス内

 当日の朝、藤沖はグラウンドの中央に部員全員を集めた。


「今日は高踏との練習試合だ。9時半にバスが来るから、それに乗って移動する」


 集められた部員達はお互いに顔を見合わせた。


 高踏と練習試合をすることは知っている。果たして何人が向かうことになるのか。


 筆頭コーチの高浜が尋ねた。


「Bチームも連れていきますか?」


 藤沖は首を横に振った。


「いや、全員で行く」


 場にいるほぼ全員が目を丸くした。


 樫谷には80人を超える部員がいる。選手登録をしている者でも67人だ。その全員を連れていくという。


 高踏のサッカーを見ておけということか、全員半信半疑の様子でバスに乗っていく。



 9時、バスは樫谷高校を出発した。


 前を行くバスの最前列に藤沖と高浜が座り、藤沖が話し始める。


「昨日練習試合の内容について天宮君と話し合った。幾つか提案を受けて、基本的に承諾したけど練習試合というより、彼らの練習に付き合うような感じになるかもしれない。もうほとんどパズルみたいな感じだ」

「……と、言いますと?」


 昨季は事実上の指揮官、今季からは正式に指揮官となっている天宮陽人が色々不可思議なことをしてくるということは県下では誰もが知るところとなっている。


 それをもっとも理解している藤沖をして「パズルみたい」ということは相当にややこしいことをするらしい。


「まず高踏にはグラウンドが四面ある。だから、三面使って三つの練習試合をすることになった」

「高踏ってそんなに部員いるんですか?」


 選手権で20人程度の選手をギリギリで回していた、という事実があるだけに「部員は少ない」という印象があるようだ。


「一年が15人くらい入ったから、ギリギリ3チームになるらしい。まあ、練習試合だから場合によっては天宮君本人と後田君も出せるだろうし。確か末松至輝もいたんじゃなかったっけ」

「……だからウチも全員連れていくわけですね」


 3チームで試合をするとなれば、当然と言えるだろう。練習試合なので交代の制限も撤廃するはずだ。3チーム分で交代無制限なら、全員が使える。


 それは悪くない話だ。


 ただ、高踏のAチームはともかく、BチームとCチームは未知数の存在だ。恐らく、そういう点をして「練習に付き合う」ということなのだろう。



 高浜はそう考えたが、藤沖の話は更に続く。


「で、交代無制限は当然のこと、グラウンドをまたぐ交代もできるようにしてほしいということだ」

「……グラウンドをまたぐ、ということは、Aチームの試合から下がってCチーム側に行くということですか?」

「そういうことだな」

「そんなことをしたら、選手の頭がパニックになりませんか?」


 選手は普通、目の前の試合に全力を傾けるものである。その試合の流れを確認して、それで準備をして交代で入る。


 ところがいきなり別の試合にポンと放り込まれたのでは、準備も何もできないし、ただ戸惑うだけではないのか。


「パニックにさせることが目的なんだよ。練習試合で予定調和的なことなんかしても無意味だ、普段の試合では絶対に経験できないようなことを経験させたい、と考えているわけだ」

「……なるほど」

「で、できれば15分ごとに交代して、試合中6回変えたいけれどそれでも良いかと許可を求められた。良いよと答えたけどね」

「何で先生の許可がいるんです?」

「それはまあ、それだけあちこち移したら大半はパニックになる。つまり、ウチが簡単に勝つことになって練習試合として有意義ではなくなるかもしれない、ということだろう」


 高踏は一部の選手こそ別であるが、個人能力に秀でているわけではない。しかし、彼らがしっかりとしたコンセプトと戦術を遂行するから、強い。その戦術的な強さを崩すわけだから、相手としては歯ごたえがなくなる可能性が高い。


「もちろん、そういうシチュエーションだけでなく、色々な組み合わせを見てみたいということもあるんだろうけれどね。ウチらはどうしても選抜してしまうけど、天宮君は全員を使い倒す気満々だし」


 選手の個性は様々だが、それとは別に個々人の相性もある。能力だけを見ると合いそうだが、タイミングや呼吸が合わず、併用すると機能しないケース、あるいはその逆に一見して併用が難しそうでもうまく合うコンビやグループはいくらでもある。


 そういうものも試してみたいということのようだ。



「……代わりと言っては何だけど、高踏にはグラウンドが四面あるから四面目はウチで使わせてもらうことにした。つまり、今日連れていく64人で5つのチームを作って3チームは高踏と試合、残り2チームは紅白戦。で、こちらもグラウンドをまたいだ入れ替えもするつもりだ。さすがに15分に1度は無理だろうから、ハーフタイムで一度のつもりだけど」

「確かに……」


 そうなると練習試合というよりはパズルのようなものになる。


「昨夜電話した後、振り分けと交代選手を考えるだけで頭がおかしくなりそうだったよ。試合展開を考えるだけで馬鹿馬鹿しくなるね」

「高踏相手の練習試合で、勝ち負けなんか考えても無意味ですね」

「そうなる。ただ、決して無駄な試合にはならないよ。ウチにとってもね」


 むしろ相当有意義になるかもしれない、とも思った。


 理由は二つある。まずは樫谷の選手達に「高踏はこういう意識でやっている」ということを理解させることができることだ。予定調和でありたいと思い練習することが多い自分達に対して、高踏はその真逆を行っている。それを体感できるのは大きい。


 もう一つは自信面だ。高踏がいつものパフォーマンスを発揮できないなら、選手達は「個々人では高踏は強くない」と思うはずだ。


 それは今後を考えると悪くないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る