4月11日 17:11 高踏高校グラウンド


 来たか。陽人はまずそう思った。


 いずれこうした質問が来るだろうとは思っていた。


 望んだわけではないが、高校一年から監督やコーチの道を歩んでいる。


 これだけ若年のうちから本格的にチームを指揮するケースは世界的に見ても中々ないだろう。


 当然、周囲はこう思うはずだ。「せっかく早くからコーチング経験を積んでいるのだから、そのまま監督の道を目指せば良いのではないか」と。



「例えば、大学でコーチングを専門的に学んだあと、ドイツやフランスに留学して本場のサッカー指導を学ぶという方法がある」


 伊吹の提案は、予想通りのものであった。


「それでも君の場合はまだ25歳くらいだろう。日本でこれだけ早く監督になれる人自体少ないのに、指導のノウハウを完全に得た状態からスタートすることになる。これは単純に凄いことだ」

「そうですね。ただ、僕はあくまで偶々こういう立場についただけで、将来もこのまま行こうなんてことは考えたことがないです」

「まぁ、そうだろうね」


 伊吹は笑った。


「その年齢だと、まだ選手に未練もあるだろうし。ただ、そんな方法もあるということは頭の片隅に入れておいてもらえるかな。今のはあくまで俺個人の思いつきだが、いずれ本部からそんな声も出るだろうし」


 そこまで言って、伊吹は話題を切り替えた。


「さすがに代表とするには荒削り過ぎるが、稲城君のスピードは魅力的だねぇ」



 伊吹はそこからおよそ30分ほど、練習の様子を見ていた。


 電話がかかってきたようだ。


「えぇ、はい。分かっています。今、高踏高校にいまして、16時までには名古屋に戻ります。はい、はい」


 電話を切り、向き直る。


「そろそろ戻らないといけない」

「お疲れ様です」

「あぁ。さっきの話、覚えておいてね」


 再度、釘を刺して、伊吹は車へと向かっていった。



 代わって結菜と後田が近づいてきた。


「何か険しい顔していたけど、何かあったのか?」

「厳しい評価を受けた人がいたの?」


 どうやら、伊吹が誰かの文句を言っていたのにではないかと思ったらしい。


「そういうことじゃないよ」


 陽人はコーチングについての話題をされたと説明する。



 後田が「なるほど」と頷いた。


「確かに高校一年からチームの監督をするなんてケースは、ほとんど無いだろうからな」

「25歳で監督になって30歳までにJリーグ優勝して、35歳までにチャンピオンズリーグで優勝して、その後NBAかNFLに転向して、サッカーとバスケットボールで頂点を極めるってのは、どう? メジャーの二刀流より凄いよ」


 相変わらず結菜はとんでもないことを言う。


「だったら、おまえがやればいいだろ?」

「お、それもそうか。私は兄さんより一年若いし」


 夢は大きく持たないとね、本気なのか冗談なのか分からない表情をしていた。



 練習が終わり、片づけが終わって選手達が次々と帰宅していった。


 陽人は後田とともに週末の予定を確認していた。リーグ戦の2試合目だ。


「今のところ、欠場者はいないし、今週はBチームも余裕を持てそうだな。となると結菜ちゃんはどういう中盤と前線を組むか」


 BチームはFWが一人(鹿海)、中盤が2人足りない。


 ここに入れる1年をどうするか。最初の競争といって良い。


「浅川と司城は確定だろう、あとの一人をどうするかだと思うのだが……」


 それが通用しないんだよな、と陽人はぼやく。


「あいつは無茶苦茶なことをやるから、もう少しまともな人にもついてほしいけど」


 我妻と辻はずっと一緒にいるため、結菜のブレーキ役にはならない。河野はあくまで特任コーチでBチームの責任をもつ立場ではない。


「大勢いる女子の中にいるといいんだけどな。うん?」


 ノックされたような音がした。


 後田は首を傾げつつ、入口のドアを開けた。その向こうに生意気そうな風貌の少年がいる。


「末松といいます」

 

 と自己紹介するが、陽人も後田も一応顔を見に行っていたため、言われる前から気づいている。


「こんにちは、名前と状況については聞いていたよ」


 陽人の答えに末松は苦笑した。


「はい。医者から当分プレーはするなと言われていますが、サポート役はできるだろうと思いました。入部しても良いでしょうか?」


 陽人はテーブルのうえにあった入部届を一枚取って、笑いかける。


「もちろん、歓迎するよ」

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