4月10日 8:12 深戸学院
深戸学院監督の新チームが始動して既に二週間が経過していた。
入学式は前日であったが、常に全国を狙うチームだけあって新一年も3月25日には集結している。
監督の佐藤孝明以下、コーチの津下直紀、篠崎英之、渡嘉敷達郎、原田龍といった実績あるコーチ陣の指導の下、練習に取り組んでいた。
もちろん、この期間ではまだ新一年がどれほどの戦力となるかまでは分からない。
ただし、県内ファンの間からは「深戸学院は隔年で優秀な選手が入学しており、今年はやや不作ではないか」と言われている。
すなわち、昨年の三年は優秀だったが、今年の三年はエースの下田竜也こそいるものの、全体としては昨年に劣る印象がある。反面、二年勢は谷端篤志、宍原隼彦らを中心に既にレギュラーナンバーを貰っている者が多い。
その流れから今年はイマイチと思われているらしい。
それに拍車をかけているのが、県立の進学校で、選手獲得競争では弱いと思われた高踏高校に意外と名の知れた選手が入っていることだ。
昨季の主軸・瑞江、立神、陸平は知られざる名選手であったし、残りも身体能力は別次元だが未経験者の稲城、中学時代は落ちる一方だった園口といった存在で、有名選手は1人もいなかった。
ところが今年はプロを目指すと思われていた司城蒼佑を皮切りにジュニアユースから3人、更に兵庫県下で評判の高かった浅川光琴も入学している。
司城が高踏高校に合格した時には小さい扱いとはいえ、地元の全国紙も取り上げたほどだ。
量は深戸学院の方が上だが、質は高踏の方が上ではないか、という声すらある。
監督の佐藤は表向き、「今年は部員獲得がうまくいきませんでした」と認めることはない。総じて必要な選手を獲得できたとは考えている。
しかし、影響力の低下は感じていた。
過去2年、県内で高校でのサッカーを考えていて、深戸が声をかけた者はほぼ全員が来ていた。今年はそうではない。浅川光琴のようにセレクションに来ながら、高踏に乗り換えた者もいるし、入学した者から「高踏でも良かったのではないか」という声も出ているという。
ただし、その最大の理由は深戸学院が選手権に出られなかったから、ではない。
「あれだけ攻めまくるサッカーで結果を残したのが凄い」
深戸学院に限らず、高校サッカーではどうしても結果重視になりがちである。だから守備的でフィジカルを鍛えて臨むチームが多い。
そんなところにひたすら前に向かっていくチームが彗星のように出てきた。
どうせ必死に走るのなら、守るより攻めたいのが人情である。
行けるのなら高踏の方に行きたい、という中学生が多くなった。
志望校を狙う期間の短い昨季でもそうだったのだ。
今年、現状のまま高踏が再び県代表になれば、その流れが更に顕著になる可能性がある。
この危機感自体は望んでいたものでもある。
今までは割とすんなり勝てていた部分があった。県は比較的あっさり勝てるので危機感が薄い。もちろん、それで全国が目標になるのだが、全国になると対戦相手がさっぱり分からず、曖昧すぎて霞んでしまう。
今、高踏高校の出現によって県内が活性化された。選手達に「県は大丈夫だろう」という余裕はない。
ただ、強力なライバルの出現はうかうかしていると置いてきぼりを食らうことも意味する。事実、選手獲得で影響力が低下しているし、これ以上、離されるわけにはいかない。
そこで、この日の朝、チーム会議で佐藤はコーチ達に切り出した。
「今年、スタイルを変えるべきだろうか」
そうでなくても、世間は県立高を応援しがちである。
更に攻めまくって見ていて楽しいサッカーをする高踏、守備的であまり面白くない深戸学院という要素まで加わると、ますます不利になる。
「一年でできますかね……」
当然の疑問が出て来る。原田や渡嘉敷といった年季の浅いコーチは反対のようだ。
「ただ、高踏は一年でやりましたからね。注目を浴びることなく、半年以上専念できたという事情はあったのでしょうけれど」
津下が浮かない顔で返事をする。
連携や高度な戦術を行うには、時間がかかるというのが一般的な見解だ。
ゆえに、近年は中高一貫で戦術を磨いているチームが多い。六年がかりで教えこんでいくのである。
ところが高踏高校は結成一年、実質的には半年ちょっとで戦術を完成させた。
まずは海外のトップチームのやり方をひたすら模倣し、そこにアレンジを加えていったという、かなり破天荒なやり方であるが、とにかくできている。
となると、「難しい戦術を理解するには時間がかかる」というのは、出来ない者の言い訳であって、実はできるのではないかという疑問が出て来る。
とはいえ、チームの方針をいきなり変えるのは難しいというのが総意のようだ。
佐藤ももちろん理解している。
今年の主力となる二年生は従来の深戸学院のやり方に惹かれて入ってきた選手達だ。彼らにしてみるといきなりチームの方針が変わると「何で?」ということになる。
ならば、例えばBチームやCチームのやり方を変えるという考えもなくはないし、実際に提案するコーチもいたが、それはチームの意思統一がはっきりしないし、派閥のようなものが出来る可能性もある。
「大きな変革は難しいでしょう」
結局はそういう結論に達する。
これも佐藤の予想通りのことではある。
「ただ、過去三年と今とでは状況が全く変わった。うかうかしていると高踏にとってかわられるかもしれない。その危機感をもって、指導にあたらなければならない。昨年までの1.5倍は頑張るつもりでいるように」
そして、もっとも言いたかった言葉で締めくくる。
「県内二位ではダメだ。県のトップであることが、深戸学院の宿命だ。それを忘れず、本来の場所を取り返すために日々取り組む必要がある。安穏としている者は他所に行ってもらってもかまわない。心しておくように」
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