4月9日 16:06 部室
時計は15時半を回った。
今日入部した男子3人、女子34人は部室やグラウンドを回りながら結菜や陸平の説明を受けている。
「これ以上は来ないだろうな」
入学式が終わり、三時間以上が経った。
今日の入部者はもういないだろう。
そう考え、陽人は会議室に全員を集める。室内には、既に入部を済ませている浅川や加藤らの面々が座っていた。
新一年生全員を並べて、陽人が正面に立つ。
「サッカー部に入部いただき、ありがとうございます。サッカー部主将の天宮陽人です」
女子を中心に拍手が起こる。
どうやら、ちょっとした「テレビに出た有名人」のように思われているらしい。
「高踏高校サッカー部は昨年、聖恵さんの協力を得てグラウンドを一新し、樫谷の監督をしている藤沖亮介氏を招へいしました。ただ、不運にも交通事故に遭ってしまって指揮をとることができなくなり、暫定的に選手主導でチーム作りをしてきました」
特に男子を中心に「そうだったんだ」という顔になった。
「どういうサッカーをすればいいのか分からなかったので、どうせなら一番強いサッカーを目指そうと、ヨーロッパのトップチームを真似るような形で練習をしてきました。それが予想以上にうまく嵌り、高校選手権では県予選を勝ち抜き、冬の高校サッカーで望外とも言うべきベスト4という結果を残しました」
また、拍手が沸き起こる。
「この方針は今年も変えるつもりはありません。ただし、勘違いしてほしくないのはだからといって戦術が絶対というわけではありません」
陽人はホワイトボードに、昨年の最初にも言ったコンセプトを書き込んでいく。
『とことんまで前へ向かうサッカー。相手がボールを保持している時には即時奪取を狙う、ボールを保持したらスペースを狙う。スペースを攻め切ったらゴールを狙う』
「このコンセプトが一番重要であり、戦術やシステムはそのために存在していると考えています」
そう言って、女子生徒達の方を向く。
「女子生徒の皆さんは、選手としてプレーするため入ったのではないと思いますが、イメージを持ってもらうために最初の二週間ほど、紅白戦をやってもらいます」
「えっ?」、「私達もサッカーするの?」
どよめきの声が沸き起こる。
「はい。サッカーというものがどういうものであるかを頭と感覚で理解してもらいます。そのうえで戦術面やデータ収集のサポートを中心にやってもらいます。今時そんな時代でもないでしょうが、洗濯などをする必要はありません。そうした部分は卯月さんと高梨さん、あとは我妻さんにやってもらいます」
1人が手をあげる。
「食事などを作ることはないのでしょうか?」
「必要な食事については、幸運なことに栄養士と調理人が来てくれます」
陽人の説明に「本格的だ」という声があがる。
確かに本格的である。
また、ここまでのサポートは昨年なかった。
これは一重に聖恵貴臣の存在のおかげと言える。
聖恵家にとってサッカー部の好評も良いことだが、最大の関心事は息子のことだ。
その息子の身長がこれから飛躍的に伸びるらしい、となるとそれに応じたトレーニングと食事面で繊細なものが要求される。それなら専門の栄養士と調理師を雇った方がよいだろうという話になり、平時は学食で、必要な時はサッカー部で食事を作ることになった。
「そういうわけですので、多少の配膳サポートなどはあるかもしれませんが、食事の雑用なども不要だろうと思います。高踏高校はサッカーしかしない人間を必要としている高校ではありません。食事の準備や片付けもできないような選手がいるなんてことはあってはなりません」
「ということは、サッカーに関することがマネージャーの仕事になるわけですか?」
「そうです。もちろん、今、サッカーに詳しい必要はありませんが、今後サッカーに詳しくなってもらう必要があります」
何人かが自信の無さそうな顔になった。
サッカーを知るつもりがないのに入るのはどうなんだ、という思いもあるが、もちろん口にはしない。
「また、社会人のようなことをしてもらうこともあると思います。といいますのも、高踏高校は元々強豪ではありませんでしたが、昨年偶々勝って強豪扱いされています。普通の強豪校にはあるようなもので、高踏高校にはないものがいっぱいあると思います。そうした時のサポートもやってもらいます」
隣にいる後田を見た。何か話していないことはないか、確認の目線を送ると「大丈夫だ」と頷いた。
「大体こんなところですね。それでは、明日から頑張っていきましょう」
陽人はそう締めくくって頭を下げた。
一番の拍手が沸き起こるが、幾人か「大丈夫かなぁ」と心配そうな顔をしている。
若干の誤算ではある。
未経験でしかもやる気のない男子部員をどうするか、というシミュレーションはしてきたが、そうした女子部員の予想はしていなかった。
(新人が団結したら、古参組が圧倒的に不利だものなぁ)
そんな派閥対立のようなことは想像したくないが、もし起こった場合どうするかを考えておく必要がありそうだ。
(やっぱり、予想外の出来事は起こるものだ……)
改めて事前の準備は難しいと思うのであった。
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