4月8日 8:12 高踏高校グラウンド

 立神がやってきた陽人に声をかける。


「陽人、これ、自分でも試してみたのか?」


 と、個人トレーニング用のグラウンドを指さした。


 陽人は首をすくめた。


「そのうちやってみたいんだけど、やることが一杯でさぁ」

「やること?」

「練習試合の申込がいっぱい来ている」

「おぉ、そうでなくても毎週試合があるのに、更に練習試合の申込が……?」

「そうなんだ。しかも、高校だけでなくてユースチームからの申込もあるんだよな……。全部で50くらいかな」

「50!?」


 立神も稲城も目を丸くした。


 ただ、当然といえば、当然である。


 運に助けられた面はあるにしても、全国四強まで進んだのだ。


 しかも戦い方も高校サッカーでは珍しい超前衛型スタイルであって注目度も高い。


 一度対戦したい、と考える相手が多いのは無理からぬところである。



 もっとも、申し込まれて、「はい、分かりました。やりましょう」ともいかない。


 まず、数が多すぎる。50ともなると毎週やるとしても一年かかる。


 もちろん毎週行うのは不可能だ。昨年ならいざ知らず、今年はリーグ戦や総体に登録している。土曜日の多くにはその試合が含まれており、練習試合を受けるとなると連日のプレーをしなければならない。


 高校選手権ですら過密日程をきらってチームを分けたのに、練習試合を連日やるとなれば本末転倒だ。


 また、高踏高校は進学校であるから、部活だけやっていれば良いわけではない。毎週試合をしていて落第してしまったら、これまた本末転倒だ。


「入れるとすると、連休期間になるのだろうけれど、そこで試合を入れまくると新しいコンセプトを取り入れることができなくなる」

「また新しいことをやるのか?」

「正直、頂上がどこまで高いのかは分からないが、同じことをやっていて勝てるほど甘い世界ではないと思う」


 陽人の言葉に、2人も頷く。


「確かに、今年は研究されるだろうからなぁ」

「どこも北日本短大付属がやってきたやり方で来るでしょうからね。私達ももっとレベルアップしなければならないと感じていましたが」


 陽人は別の基軸も考えているらしい。


「新しいことをやるとなると、どうしてもまとまった時間が欲しいんだよなぁ」


 そう言いながら部室へと入った。



 部室に入り、陽人は端末を開いてメールボックスに移る。


「とりあえず、直近でここはやらないといけない」


 陽人が溜息交じりに取り上げたところに2人が視線を向け、「おぉ」と苦笑する。


「……でも、樫谷はリーグ戦でもやらないですかね?」


 昨年まで名目上の高踏高校の監督だった藤沖亮介が指揮するチーム・樫谷高校である。


 10月に対戦が組まれてはいるが……。


「2部なんだよ、彼ら。だから藤沖先生がすぐ呼び戻されたというのもあるんだろうけれど」


 昨年、藤沖の抜けた樫谷高校は何もかもうまくいかず、総体予選も選手権予選も3回戦に行くまでに敗退、県1部に所属していたリーグ戦でも敢え無く降格となってしまった。


「その仕切り直しということみたいでね。さすがに相手しないと文句言われそうだ」

「確かに、な。というか、俺達、あの人が作るチームって見たことないし」


 樫谷は強いという話は聞いたことがある。


 だからこそ、聖恵一家の支援を受けて高踏高校が無理を言って引き抜いてきた。


 しかし、陽人達は藤沖から何も教えられていない。何か特別なことを聞いたわけでもない。結菜や我妻、辻にいたっては毎試合やってきてはビールを飲んでいる人くらいの認識である。


「樫谷は昨年の不調でシードも外されてしまったけれど、逆に言うと」

「去年の俺達みたいな立場になったわけね」


 立神の言葉に陽人が頷く。


「完全なチャレンジャーの立場だから、侮れない。だからまあ、5月の連休中は樫谷とやることになる」

「いいんじゃないか?」

「その他は何とも言えないから、日程だけあげておいて、あとは校長や聖恵さんに決めてもらう」

「校長や聖恵さんが決められるのか? それなら、変な運だけは持っていそうな真田先生に決めさせたほうがいいんじゃないか」


 立神が半ば失言めいたことを言う。陽人も「それもそうだが」と理解を示しつつも。


「どこでも良いのなら、市や聖恵さんと友好関係があるところの方が良いかなと思ってさ」


 自治体同士で親善関係を締結しているところ、聖恵の会社が支店を置いているところ、チーム周辺の組織にも利害は色々ある。


 チーム自体に要望がないのなら、彼らに任せて、他のところで口出しさせないのも一つの手だろう。


「……聖恵さんのところがアウェイで試合すると決めてくれれば、ひょっとしたらタダで旅行ができるかもしれないし」


 というあたり、ちゃっかりした期待も持ってはいたのだが。



 残念ながら、そこまで都合の良い展開にはならなかったようである。

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