4月8日 7:56 高踏高校グラウンド
翌朝、グラウンドに一番乗りしたのは稲城と立神だった。
自宅から自転車で数キロ漕いできている2人が、同じタイミングでやってくる。
「おぉぉぉ? 何です、これ?」
稲城が声をあげた。
一番端のグラウンドが妙なことになっている。障害物のようなものや、人に見立てたものが多数置いてあった。ベンチのそばには付属品のような道具が並んである。
立神がしばらく並べて「ははぁ」と見当づける。
「どうやら、手前側のゴールからドリブルして向こうのゴールに決めるみたいだな」
「手前のボタンは何ですかね?」
「……テレビで、スポーツ選手や芸能人がやっているタイムアタックみたいな感じじゃないかな。ボタン押したらスタートで時計がカウントされる」
2人は実際にボールを持って近づいていく。
「この障害物を乗り越えてドリブルで進んで、制限時間内に行くってことですか?」
「恐らくそうじゃないか?」
立神がボタンを押すことなく、一度試してみる。
「うおっ!?」
少し進んだところでボールが大きくバウンドした。
「ここだけ下が滅茶苦茶荒れているな……。やりづら……、あっ、あっちにパスもできるってことか」
左側に石壁のようなものがあることに気づいた。
そこにあてて壁パスの跳ね返りをもらえば、わざわざ難しく進む必要はない。
後から稲城もついていく。
「これは中々難しいですねぇ」
「慣れればできるようになるだろ? うわ、ここはパスしかないな」
ドリブル向き、パス向きという障害が設定されているが、前が完全に遮蔽物でおおわれているなど、パスでなければ進めない場所もある。
「あれか、加藤がパスするように作ったのか」
立神の中では「パスさせる障害=加藤用」というイメージが成り立っているらしい。
最後まで進んでシュートを打って終わる。
その後ろから、へろへろと進んできた稲城がシュートを打って終わる。
「いやぁ、ドリブル向きのところが厳しいですねぇ」
「まあ、あれだ。普通はゲーム感覚でタイムアタックでもさせるつもりなのだろうが」
「天宮さんのことですから、練習時間内の個人練習ではこれで別のマーカーまで入れたりして難度をあげるつもりなんでしょうねぇ」
「あいつ、性格悪いからなぁ」
立神が再度チャレンジした。
半分ほどまで進んだところで。
「うりゃ!」
ロングシュートを打って、ゴールにねじ込む。
「これで終わりとはならんかな?」
「そういう裏技は認めないんじゃないですかねぇ」
立神がボールを拾って、40メートルの位置あたりからシュートを打つ。
「昨日、帰りに達樹がバスケの話をしていたじゃん?」
「していましたね」
瑞江はサッカーでは天才的に上手いが、本人が好きなのはむしろバスケットボールだ。
「バスケって中を固められた時に、スリーポイントとか打つじゃん。あれってサッカーでもできないかと思うんだよな。サッカーの試合で中をこじあけられない時に無理矢理ミドルシュートを打つようなシーンがあるけれど、もう少しオートマティックにできないかなって。希仁、ちょっとパス出してくれ」
「はい」
ハーフラインあたりから立神が軽く走り出し、稲城がパスを出すと、立神がそれをおもむろにシュートを打つ。バーの左側の僅かに上を抜けていった。
「バスケのスリーポイントはNBAだと35パーセントくらいみたいで、さすがにサッカーでその数字は無理だろうけど、サッカーはバスケほど点はいらないわけで10パーセントでもいい感じで行くのなら、相手は結構無視できないと思うんだよな」
「正面からのミドルと違いまして、サイドからだとゴールキーパーはクロスかシュートか一瞬迷う時もありますからね」
「そうそう。実際、クロスのミスキックが入ったなんていうこともあるし。無理矢理枠にねじこむ意識というよりは、ファーポストあたりを狙うイメージで打てば、きちんと行けばポストだし、少しズレたら枠にいく。外に外れたら、ごめんなさいということで」
「そんなにきちんとは打てないですよ」
稲城が苦笑する。
「体が強くてキック力はあるから、あとは慣れだろ。さっきも言ったけど、これが入る必要はないわけで、中を固めたら、外から打ってくる可能性があると思わせるだけでも効果があるわけだから」
やってみろとばかりに、立神がペナルティエリアの左隅の少し外側あたりにボールを並べる。それを稲城が右足で蹴ると、精度は低いものの大体のところには力強い軌道で飛んでいく。
「これで相手を引き出すことができれば、その後ろを達樹や真治、あるいは加藤が突けるかもしれないし」
「そうですねぇ。私や颯田さんがいる場合に、そこにボールを持たせても構わないという相手の意識は強く感じましたし」
技術面で限界のある稲城や颯田に持たせておくのは安全。
そう思われること自体は仕方ないが、「持たせすぎると危険」な何かも示したい。
ドリブルで崩すというのは総合的な技術や判断力がいる。
右45度付近の少し遠目からシュートを狙う方が、総合的に楽なのは確かだ。
「そうですね、ちょっと練習してみますよ」
試してみようと思ったそのタイミングで、「あれ、随分早いな?」という陽人の声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます