4月7日 16:14 豊田市内グラウンド
後半32分、松葉商業のもう1人のFW菊永が裏を抜け出して得点。
遂に同点となった。
とはいえ、高踏ベンチは全く変わるところはない。監督の結菜以下、全員が「気にするな」という様子である。
「逆転されても良さそうって感じだね」
「そうだな」
よくやるよ、と思わないでもない。
ハイラインに慣れないゴールキーパーを前に出させて、体力に不安のありそうな1年に45分与える。
短期的な結果を出すうえでは絶対にやってはいけないことを、あえてやっている。
「これで水田も聖恵も今後やらなければいけない課題は浮彫りになるけど」
水田と聖恵にとっては今後の指針が見えてくるだろう。
ただ、付き合わされる選手にとってみるとどうか。
「うーん、そこまで気にしなくても良いんじゃないかな」
陸平が指さすのは篠倉だ。
戎と聖恵の運動量が落ちてサポートが落ちている中、波状攻撃を食らうことがないのは篠倉と櫛木が前線で何とかキープしようとしているからだ。
久村とバックラインの四人も懸命に動いている。
「表には出さないけど、護や徹平あたりは別として、サブ組には自分達はサブという引け目があったんじゃないかな。それが弘陽学館戦で自信をつけて、今は引っ張る立場になったという責任感が出ているように見えるよ」
言われてみれば、という部分もあるが、確かに去年よりも最終ラインの道明寺や南羽などが大声を出している。
「ま、もちろん、負け続けたらそのうち悪い空気になりそうだけど、四月中くらいは大丈夫じゃないかな」
観客もいないリーグ戦である。
ロスタイムの表示もないまま39分を過ぎた。
松葉商業は最後の攻撃に備えて、じっくりとパスを回す。さすがに追いかける力がないので高踏はラインが下がって、小達と菊永の2人をしっかり見る。
それでも松葉商業は小達目掛けて蹴り込んできた。
道明寺がしっかりついている。
これなら大丈夫だろうと思い、事実道明寺が跳ね返した。
その直後に笛が鳴った。引っ張ったというジェスチャーをしながら、主審がペナルティスポットを指さしている。
「うわー、またPKか!」
陽人は天を仰いだ。
もちろん、今日の審判はそういう判定をするということは分かっているが、「いくら何でもPKにしすぎだろ!」という文句を言いたくなるし、片方だけに3回というのはいくら何でも酷いように見える。
とはいえ、前半の2回は共にストップし、しかもそこからチャンスになっている。
まずはプレーを見届けるべきだろう。
これまで二度は小達が蹴っているが、さすがに三度目はツートップを組んでいた菊永が出て来てボールをセットした。
「二度あることは三度あるのか、三度目の正直なのか」
陸平がつぶやく。
水田は今回も左右に小刻みに飛んでいる。
菊永が助走を取り、左足を振り抜いた。蹴った瞬間、「あぁっ」という本人の叫びがグラウンド中に響いた。
ボールは枠の左上に飛んだが、バーの上を越えていった。
そして、水田はその少し下に手を伸ばしていた。
それを見届けて笛が鳴る。
3-3の引き分け。
「キッカーが変わっても、止められた記憶は引き継ぐものなんだな」
菊永は甘いシュートを打てば止められると思ったのだろう。難しいところを狙いに行って外してしまった。
「でも、今のも同じ方向に跳んでいるよね。何なんだろう、相手の蹴る方向が分かっているのか、あるいはあくまで偶々が3回続いたのか。気になるね」
PKは基本的には左か、右。
もちろん、真ん中もあるが外した時の印象が悪すぎるので中々狙えないし、監督によっては「ダメだ」というケースもある。
仮に左右どちらかと考えれば、二択が三回当たるというのはありえなくはない。
「明日、一度PKの練習をガッツリやればいいんじゃないか?」
と言い出したのは瑞江である。
「それである程度見えているのかどうかってのは分かるだろうし、PKに強いかもしれないキーパーを相手に練習すれば、みんな上手くなるだろう。まあ、PK戦の雰囲気は全く別だから、練習と現実は違うのかもしれないが」
「それはあるよねぇ。僕も大観衆の前で蹴ったことがないから分からない」
「失うものが大きいシチュエーションで蹴ると良いのかもしれないな。例えば、外したら駅で歌でも歌うとか」
「そういうのは同級生だとイジメかもしれないし、後輩相手にやるとパワハラになるかもしれないよ」
「……そうか」
本気なのか冗談なのか、言い合っている瑞江と陸平を他所に陽人は腕組みをする。
リーグ戦最初の試合である。
監督とコーチも含めて新人ばかり、結果よりも内容よりも、まずは慣れることが目的という雰囲気だった。
それでも、収穫の多い試合だったと思った。
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