4月7日 15:39 豊田市内グラウンド
後半開始直後、松葉商業は高踏がラインを高く設定したことに戸惑い、しばらく守勢一辺倒となっていた。
しかし、そこは実力のあるチーム、「いつもと比べるとディフェンスラインとゴールキーパーの連携がスムースではない」ということに気づく。そうなるとボールを取って、ひたすら裏を狙ってくる。
松葉商業としてみると、勝ちたい、せめて引き分けには持ち込みたいという思いがあるから当たり前の方針変更だ。
ただ、それが天宮結菜の狙いでもある。4月からの新入生で高いラインに慣れていないゴールキーパーの水田明楽に強制的に前に出るスタイルを覚えさせようという。
幸か不幸か中盤より前も一年生が多いのでプレスの精度が高くない。故に相手も余裕をもって裏を狙うパスを送れる。
それでも完璧なフィードというのは中々送れない。二度は水田が処理をして、ディフェンスも三度カバーをしたが、合計六度目、後半13分には小達が抜け出してそのまま決められてしまう。
「オッケー、オッケー! 気にしない、気にしない!」
結菜は明るく叫んでいる。
「このままだとリードを吐き出してしまうかもね」
陸平が時計を見ながら言う。隣にいる後田も頷いた。
「ただ、結菜ちゃんは今日に関しては勝つことに意義を見出していないようだ。そもそも」
後田は中盤に目を向けた。
現在、中盤は戎、聖恵、神津という一年生三人で構成されている。
ディフェンス登録の神津が意外と中盤でも馴染めている。また、戎の神出鬼没なプレーぶりも冴えているが、疲れてきたのか若干顔を出す機会が減っている。
一番の問題は聖恵貴臣だ。
パスやドリブルは利いているが、如何せん体が細く、松葉商業の三年相手に対抗できていない。
「戎と聖恵という小さい2人を中盤に置くと、そうでなくても体力負けしているのが顕著になる」
戎は陸平と似たタイプですぐにパスを叩くので問題ない。
聖恵はドリブルとキープに自信がある分、すぐにパスで逃げることはしない。ただ、体力負けして取られるケースが多い。
「彼で頭が痛いのは、今後大きくなるらしいということだ」
昨年時点で146センチだったという身長は、今は159センチである。
そんなものではとどまらない。病院で診てもらったところ、最終的には180以上、あわよくば185センチまで育つかもしれないということだ。
身長が低いなら、低いなりのプレーを徹底すれば良い。
しかし、高くなるのなら、背の低いプレーを覚えてもいずれ不要になる。
更にフィジカル負けしているからと筋肉をつけすぎると、身長の伸びを妨げることになりかねない。
つまり、現時点では手をつけにくい、どういう選手に育てていけば良いのかというイメージも湧きにくい。
「どうしたらいいですかね?」
陽人は河野に尋ねてみた。
以前、藤沖にも聞いたことはあるが、「さすがにここまで極端なケースはほとんどないから、僕にも分からない」と確たる返答はもらえなかった。
河野も同じようだが、多少は具体的だ。
「……正直、長い目で見るのが一番良いと思う。今、日本で一番有名な選手の1人は大学からJリーグの特別指定選手となり、数年プレーしてから海外に行ったのだしね」
「うーん、長い目で見てくれたらいいんですけどね」
陽人としても、河野の言い分が正しいとは思っている。
しかし、サッカー部が聖恵家の支援を受けているという事情もある。重用はできないとしても、ベンチ外に置いてひたすら「明日に向かって我慢」と説き続けるのも難しい。
「昨季、選手権まで行けて良かったな」
後田が苦笑交じりに言う通り、高踏高校の大成功がなければ「ウチの息子を出してくれ」という介入があったかもしれない。
全国ベスト4まで進んで注目を浴びたことにより、聖恵家と会社は「地域スポーツに理解のある人達」と褒めたたえられるようになった。この状態では「ウチの息子をレギュラーにしろ」というわけにはいかない。
後田の言うように、選手権の結果が大きな威光となっている。
「俺が若い頃ってさ」
河野が話を変える。
「ドイツとかオランダってアンダー20とかの若年世代は弱かったんだ。何故だと思う?」
「いや、分かりません」
「ドイツ人やオランダ人はゴツゴツした大型の選手が多い。彼らは総じて20歳くらいまで体が完成しないから、若いうちから激しくトレーニングができないんだよな」
「聖恵と似たような感じですね」
「そうかもしれない。当時の24、5で完成するからそのあたりから強くなるというイメージだった」
「でも、最近のドイツは若い選手が凄いですけどね」
「ただ、総じて黒人やトルコ系といった移民選手が多い印象だね。しかも若い選手が増えた代わりにA代表の成績は落ちた。もちろんこれだけが原因ではないと思うけど、促成栽培が増えるのも善し悪しがあるのかもしれない」
「今度、聖恵さんにもそのことを説明してくださいよ」
こういうことを自分が言っても「何を言うかこのガキが」と受け取られかねない。
サッカー選手としての実績がある河野に言ってもらった方が効果的だろう。
そうこう話をしているうちに、小達がもう1点を追加した。
後半24分、リードは1点に縮まった。
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