4月7日 15:28 豊田市内グラウンド
県のリーグ戦は多くの人が見に来る大会ではない。
2部リーグくらいになると尚更だ。学校の応援団も皆無であり、県の役員以外では陽人達がいるだけである。
当然、選手交代の発表もウグイス嬢のアナウンスのようなものはない。
設置されている黒板が書き換えられるだけである。
陽人達は黒板の見やすい位置まで移動した。
瑞江が「うん?」と声をあげて、指で数える。
「いきなり5人替えているぞ!?」
驚きに反応して、他も何人か確認をする。
「ゲームじゃないんだし、怪我とか大丈夫かな?」
陸平も苦笑交じりだ。
「それもあるし、最終ラインが全員二年組になったな」
左から曽根本、石狩、道明寺、スタメンでも入っていた南羽だ。
試合前、「GKの水田はライン上げに従って動くことができないから、敢えて先輩達を外して後ろに敷く」と言っていたはずなのに前半だけでとりやめたことになる。
後半が始まると、4人のラインは前に出た。
「水田! あと三歩前!」
結菜がテクニカルエリアから叫んでいる。
陸平の苦笑が濃くなった。
「陽人、これって……」
「あぁ……」
陽人もおおまかのことはつかめてきた。
泳げない人間を、泳げるようにする一番手っ取り早い方法は何か。
有無を言わさず水の中に放り込むことである。そうなれば嫌でも泳ぐしかない。
3点リードしたことで、結菜は水田をハイラインの海に放り込むことにしたらしい。どうせいずれはやらなければならないことである。ならば、今やった方が良い。
「あと二歩! もう一歩前!」
結菜はしきりに声を出して、水田を前に押し出している。
「……まあ、結菜が直接指示しているから、水田としてみるとやりやすくはある」
鹿海や須貝は慣れているから自分の判断で動けるが、水田はそうではない。
だから、「自分でやれ」と言われてもできるはずがない。
しかし、監督から「そこまで行け」と言われれば行くしかない。それに失敗しても監督の責任にすることができる。
とはいえ、これだけのんびり上がっていることが許されているのは何故か。
後半から入った加藤賢也の存在である。
「加藤、パス!」
ドリブルで前の1人を抜いた加藤に、篠倉が声を出すが、全く見向きもしない。ゴール側に進みもう1人かわして、2人目も抜くがそこでボールが蹴り出される。
ボールを進めては取り返される。また、中盤で奪い返しても加藤に出るとまたも時間がかかって、それでいてボールを失うことになる。
中盤と前線はイライラする展開だが、GKの水田には多少の時間が与えられることにはなる。
「ボールを奪われないけど球離れが悪すぎて最終的に失う。更に足下でボールをもらいたがるから読まれやすい。プレーに我がある感じだねぇ」
陸平の言葉を聞きつけたのか、河野が苦笑交じりに言う。
「純粋ドリブラーはプレースピードが上がった現在では絶滅危惧種だ。そういう意味では貴重かもしれないが、監督としては使いづらい存在ではあるね」
ドリブルがダメだというわけではない。
1対1で相手をかわせば、それだけ数的有利を作りやすいことになり、チャンスが広がる。1月の選手権できっちり固められた北日本から点を取ったのも、瑞江のドリブルがきっかけだった。
しかし、それは最終的にシュートに至るための適切な選択肢から使われるからこそ有効になる。加藤のようにひたすらドリブルを繰り返しているだけでは時間とチャンスを無駄にするだけだ。
「おっと、懐かしの絶滅危惧種ドリブラーと一か所だけ違うところがあった。守備はきちんとしている、ということだな」
河野の言う通り、加藤は守備になった時にはプレスに参加しようという意識がある。精度に問題はあるが、それは彼だけではない。
「ただ、彼のようなタイプだとそれも考え物で、守備に体力を使うとドリブルに使う体力がなくなって、肝心の時に役に立たない。これは中々難物かもしれないねぇ」
光るものは持っているが、その使い方に問題がある。
しかし、変に手を加えた結果、光る部分がなくなって小さくまとまってしまうかもしれない。そうなると良さがなくなってしまう。
「加藤のプレースタイルは多分問題だろうと思っていた」
陽人の言葉は嘘ではない。
初日の時点から、「これだけドリブルのできる無名な存在がいるのか」というのは不思議だったし、おそらく他の能力に著しい問題があるのだろうと想像していた。
「ただ、加藤だけが特殊というわけでもない。希仁や五樹、俊矢や聡太にも言えるところだ」
「確かにそうだね……」
陸平も頷く。
加藤のように目立つ形ではないが、プレーの選択肢が限られているという点では他競技からの転向組にも同じことは言える。また、転向組ではないが、プレーが直線的過ぎる颯田五樹についても似たようなことは言えた。
「もちろん、大きな問題がない面々にしてももっとレベルアップすることが必要だ。だから、それ用のものを今、作ってもらっている」
「作ってもらっている? 大溝さんに?」
「いや、聖恵さんに頼んで地元の大工を紹介してもらった」
「聖恵さん? 大工?」
聖恵貴臣の父や一家は地元の名士である。
大工の紹介くらいはしてくれそうだが、一体何を作ったのか?
訳が分からない。陸平はそんな様子で目を白黒させた。
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