4月7日 15:15 豊田市内グラウンド

 前半25分。



「来たぁぁぁ!」


 ベンチにいるAチームも快哉を叫ぶ。


 劣勢からのカウンター一閃、浅川光琴がこの試合2点目をゲットした。


「オープンスペースがあると決定力高いねぇ」


 陸平も賞賛するが、オープンスペースがあるなら、という留保がつく。


 今後戦術が深化していくなかで、彼のスペースがあると生きる個性をどう使うのかというのは不安要素でもある。


 ただ、逆に見ると、うまく行かずに劣勢を強いられた時に浅川が輝くということもある。もちろん、瑞江や立神にしても劣勢をひっくり返せる個性の持ち主だが、浅川はチーム戦術に馴染んでいないからこそより特化できている雰囲気もある。


(意外と、彼はこのままで行くのもアリなのかな……)


 陽人はそんなことも思う。


 チームに馴染まなくても、いざという時に違う形で貢献できるジョーカー。


 チームの指針に沿ったジョーカーとしては戸狩がいる。敢えて違う形のジョーカーとして置いておくのもありなのかもしれない。



 次第に相手の圧力に慣れてきたこともあるし、PKを二つ止めたことで自信を持ったのだろう、水田がディフェンスに指示を出せるようになってきた。


 25分を境に形勢も高踏側に傾いていく。


 30分には篠倉がバイタルエリアで潰れたところを櫛木が強引にシュート。


「いや、それは無茶だって」


 と声が飛んだが、これが枠をとらえて追加点。3-0となった。


「一年が見せれば、二年も負けじと点を取る。悪くないんじゃないかな。それより僕が気になるのは」


 陸平が指さすのはピッチ中央の戎だ。


「彼、幽霊みたいだよねぇ」


 フィジカルはお世辞にも強いとはいえない。プロのジュニアユースにいたとは思えないほど簡単に飛ばされている。しかも、巧いという雰囲気もない。陸平と同じでショートパスを確実に繋いで入るが、司城のようなピンポイントパスやスルーパスといった、「さすがユース経験者」と思わせるプレーはない。


 しかし、危険そうなスペース、誰かいてほしいスペース、そういうところにフッと姿を現して、短いパスを繋いでまた別の場所に出没する。


「ピッチ上の幽霊のような選手」という言葉は、通常、その選手の存在感がないことを意味する。良い意味で使われるものではない。


 戎の場合は少し違う。目立たないのは同じだ。しかし、霊感の強い者が「いる! 確かにいる!」と語るように、サッカーを知る者には見える存在。局面を打開する、劇的なプレーといったものはなく目立たないが、一連の流れには間違いなく関与しているし、危険な地点をそことなく塞いでくれている。


「一緒にプレーするとどんな感じなのか、ちょっと気になるね」


 陸平の言葉はつまり、戎と共にプレーすれば、自分がもう少し攻撃的に振る舞えるかもしれない、ということだろう。



「どこまで本当かは知らないけど」


 司城と神津が言うには、ニルディアのジュニアユースのほぼ全員が、戎にもっとプレーさせてほしいと望んでいたらしい。その方が試合に勝てるから、と。


「ただ、そんなにお金のあるチームじゃないから、トップチームですぐに貢献できる選手か、あるいは移籍金の取れる分かりやすい選手を育てたい。だからああいう目立たない選手は起用したくなかったんだと、さ」

「世知辛いねぇ」


 陸平が溜息をついた。


 とはいえ、プロチームは自立存続が求められる。「この選手は人気も出ないし、高い移籍金もつかないが、ちょっと面白いから」というわけにはいかない。


 コーチングのリソースも限られているし、試合に出られる枠も決まっている。計画的に資産を使っていかなければならないというのは間違っていない。


「もちろん、何もしていなかったわけではなくて、代わりにもう少し存在感を出せるようにフィジカル中心のメニューを積ませたらしいんだが、それで故障して最後のシーズンは半分くらいしか出ていなかったらしい」

「7試合2得点とか出ていたね」

「で、昇格は無し。司城に言わせるとニルディアの上層部には見る目がない、と」

「それだけでウチに来たわけ?」

「それもあるし、司城の両親はどっちも国立大出らしいから、息子が学歴なしのサッカー路線に進むのは本音では嫌だったらしい」


 サッカーだけの可能性を突き詰めればニルディアの方が良かったかもしれない。


 しかし、高踏に戎が進めば、気分よくプレーできるのは間違いないし、本人が言っていたように注目株の高踏で活躍できれば海外の目に留まるかもしれない。両親も「高踏なら進学に差し支えない」と満足だ。



 そうこう話をしているうちに前半が終了した。3-0。


 点差ほどに内容が良いわけではないが、これは当然想定していたことだ。


 勝っているということより、多くの新一年の能力の一端が垣間見えたことに収穫のある前半。陽人はそう振り返った。



 それはBチームベンチも同じようだ。


 大学グラウンドであるため、ハーフタイム中に控室に戻るということはない。その場でのミーティングだ。


「この試合の一番の目的は勝つことではありません。それぞれがどういうプレーをするのかということを理解するのが目的です。そういう点では非常に良かったと思います」


 結菜はこう切り出して、小さなホワイトボード上のマグネットを入れ替えする。


「ですので、後半頭から、司城君を聖恵君、浅川君を加藤君に交代します。あと、曽根本先輩、道明寺先輩、石狩先輩も入ってもらいます」

「え、えぇぇ?」


 聞いている側が驚く。交代が多いということより。


「結菜、それ、交代枠全部使っちゃうよ!?」


 我妻の言う通り、交代枠を全部使うことに対しての驚きである。


 怪我人や退場者が出たらどうするのか?


 結菜は全く気にする素振りもない。


「その時はその時よ」

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