4月7日 14:47 豊田市内グラウンド
先制点の後は、しばらく松葉商業のペースで進む。
「フィジカルでは辛いよなぁ」
松葉商業の守備はそれほど厳しくはないが、パス回しが徹底されないのでそのままボールを取られるシーンが多い。特に前線は篠倉こそ何とかおさめられているが、櫛木と浅川は囲まれると辛い。
ある程度進んだところでボールを取られてしまう。その繰り返しには分かっていても気が滅入る。
とはいえ暗いことばかりではない。中盤には光明が差している。
司城はさすがのテクニックを見せて、2人くらいに囲まれても易々とは奪われない。戎は逆にテクニックはないものの球離れが早く、相手が来る前にボールを離す。残る神津も無難に繋いでいる。
元々ジュニアユースで同じだったこともあり、連携も悪くない。この3人がある程度キープできているからこそ全面的な劣勢を免れていると言ってもいい。
それでも全体としては劣勢だ。
特にディフェンスラインは急造ということもあり、連携もいびつである。
そこを突かれてシュートまで持ち込まれているが、連携が不十分なのは相手も同じようで今のところキーパーの水田が危ないというシーンまではない。
「このままの展開で少しずつ慣れていってくれればいいのかな」
陽人はそんな希望を抱くが、そうそう甘くはない。
11分、またもエリア内で笛が吹かれた。今度は左サイドバックの神田が松葉商業FWの菊永を倒したという判定である。
「これも普通の試合ではファウルにはならないけど……」
今日に関しては「そういうプレーも取る」という態度がはっきりしているから、あまり文句を言えない。
先程PKを外した小達が二度目もセットした。外したというショックを感じさせることはない、同じようなルーティンだ。
一方、キーパーの水田も先程と変わるところはない。左右に軽くステップを繰り返し、両手足を大きく伸ばして圧をかけている。
「さっき止めたからそう感じるだけかもしれないが、何かPKには自信ありそうに見えるなぁ」
PKだから大ピンチであるはずなのに、水田にはどこか余裕めいた様子もある。
「……陽人、彼は身長180センチないんだよね?」
陸平が聞いてきた。水田の身長のようで陽人がメモを確認する。
「178だな」
「手が長いのかな。190くらいありそうに見える」
「そうかもしれないな」
身長以上の威圧感があるのは事実だ。
小達は表情を変えないまま、走り出す。
先ほどはコースを狙ったか慎重にシュートスピードがやや遅かった。
今度は思い切り蹴り込んだ。右の上隅を狙う。
スピードは十分だ。だが若干コースが甘い。
水田の右手が届いて、ボールをはじき出した。
「また止めた!」
誰かが叫ぶ。
先ほどと違って弾いただけだが、いち早く反応した久村が司城に繋ぐ。司城がうまく受けて前を向いた。
「Bチーム、相手のPKが一番チャンスになりそうなんだが……」
陽人も苦笑するしかない。
さすがに今回、浅川にはマークがついている。一方で反対サイドの櫛木がフリーだ。司城がそこに正確なボールを蹴り込んだ。
その正確さに歓声が起こる。
「おぉ~、さすがユース昇格組」
櫛木がボールを受けて走り込む。マークが来たところでシュートを放つが、これは僅かに枠の外だ。
「惜しい」
「本当に、ね。しかし、今のPKはキッカーにとって悪くないと思うよ。何なら一本目もそんなに悪くなかった。水田が完全に読んでいた感じだ」
陸平が感心する。
確かにコースは若干甘かったが、威力は十二分にあった。これで不十分、もっと厳しいコースを狙えとなると、キッカーには枠外というプレッシャーがかかるはずだ。
後ろをチラッと見た。視線の先に須貝がいる。
「PKストップだけなら、彼が一番なんじゃないかな?」
「そもそも優貴も康太もPK練習をしていないし……」
陸平の指摘に、陽人は苦笑する。
そもそも、ゴールキーパーのPKストップ能力は、これまでほとんど考慮したことがなかった。実際にPKを蹴られたこと自体、昨年選手権準々決勝の終了間際にあったくらいだ。そうそうあることではない。
とはいえ、一発勝負のトーナメントではPKの比重も大きい。幸い、高踏はそうならずに済んだが同点で終わってPK戦を戦っていた可能性もゼロではない。
本当にPKが得意なゴールキーパーなら、試合には出さなくてもPK戦の時だけ起用するという価値もありうる。
陸平の評価はそこでとどまらないようだ。
「今年、ゴールキーパー戦線は更に熱くなりそうだね」
ゴールキーパーというポジションは一つしかない。
もし、水田にPKストップが期待できて、その他の能力も十分にこなすことができるようになると、その一つしかないポジションが埋まってしまう可能性がある。
それは昨季キーパーのポジションを務めてきた鹿海や須貝にとっては望ましいことではない。
しかし、陽人とチームにとっては望ましいことである。
最終的に誰を起用するにしても、競争によって互いの能力が高められることが理想だからだ。
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