4月7日 14:35 豊田市内グラウンド
4月7日。
高踏高校にとっては初の県のリーグ戦。
朝から豊田市内に移動し、グラウンドで練習をしていた。
高校サッカーは日程についてはかなり容赦がないが、移動の負担については考えてくれている。高踏のスケジュールはほぼ全ての試合日程でAチーム、Bチームとも会場は同じ、時間が違うだけだ。
チームまとめて移動をして、あとは両チームが終わるまで待機して一緒に帰れば良い。
この日、先に試合をするAチームの対戦相手はJ3にいるFC中日本のユースチームだ。
プロチームのユースということで警戒をしていたが。
「よりにもよって初戦から高踏高校かよぉ」
相手側から聞こえるのは弱音ばかりだ。
実際試合が始まっても勝ってやるという意欲も高くない。
一方的に攻めまくって4点を取り、守備も不運なPKの1失点に抑えた。
続いて、Bチームと松葉商業の試合となる。
昨季の県予選では第五シードの松葉商業だ。決して侮れないし。
「向こうのコーチは新一年の妹だと!?」
名簿交換をした途端に、相手のボルテージが上がってしまった。
「そんなことを言われてもなぁ」
カッカしている相手を眺めながら、瑞江が肩をすくめる。
「他にいないんだから仕方ないのに、ね」
「でも曽根本さんや道明寺さんがベンチで、1年のディフェンスラインだと、舐められていると思わないでしょうか?」
卯月の言う通り、GKの事情もあるのでDFラインも変えている。メンバーは以下の通りだ。
GK:㉔水田明楽
DF:㉘神田響太、㉒久村護、㉚神沢功志郎、㉑南羽聡太
MF:㉕神津洋典、㉖戎翔輝、⑭司城蒼佑
FW:⑲篠倉純、㉓櫛木俊矢、⑱浅川光琴
「……これは馬鹿にしていると思われても仕方ないな」
メンバー表を見て、瑞江が苦笑する。
GKが前に出られないから、ラインを上げられない。だからこの試合は戦術というよりまずは個々人の可能性を見るという方針に切り替えている。
しかし、相手にそんな方針が伝わるはずもない。
高踏Bチームは松葉商業を舐めている、と思われても仕方がないだろう。
「といって、河野さんに監督役というわけにもいかないしねぇ」
河野は自分のチームも持っている。週に二日しか受け持たない高踏Bチームが負けた時に「河野がコーチをやっている高踏が負けている」という評判を帰させるのは気の毒だろう。
試合開始前、松葉商業は円陣を組んでいる。
「いくら高踏とはいっても、中学生に負けられんぞ! 全力で行け!」
「オー!」
気合満点だ。
一方の高踏Bチーム、結菜と我妻は落ち着いた様子だ。
「別に今勝たなくても良いの。秋までに勝てるようになればいいわけだから。一年はまず高校レベルのサッカーを、二年の皆さんは普通にサッカーやるとどんなものなのか、それをしっかり体感してきましょう。気になったところは指摘するかもしれないけど、今日は結果は気にせず、気軽に行きましょう」
と、リラックスした様子だ。
しかし、試合が始まると、いきなり不運に見舞われる。
前半3分、久村が相手FW小達と接触した途端にいきなりPKの笛が鳴った。ユニフォームを引っ張ったということらしい。
「えぇっ? 何もしてないよ!?」
久村は怒るというより驚いて抗議している。これに渋い顔をするのが前の試合でPKを与えてしまった林崎だ。
「今日の主審はとにかく細かくファウルを取るんだよなぁ」
「確かに」
頷いているのは颯田である。彼は逆にPKを貰った側だ。
日頃の体感とは異なるが、敵味方関係なくPKを与えるという点では一貫している。慣れるしかない。
PKを貰った小達がそのままボールをセットする。
「うん?」
陽人は何の気なく妹の様子を見て、目を丸くした。
PKの構えをしているのに、前の方にいる浅川に何か指示を出している。
指示を受けて、浅川がハーフライン付近に移動していった。
「相手のPKの際にポジションを修正せんでも……」
「でも外したら、カウンターのチャンスであることも事実だ」
PKは基本的に決まるものと思っているし、もし外せば、どうしても落胆の感情が先に来る。そこにカウンターを狙えば、通常のセットプレーよりも嵌りやすいかもしれない。
「それはそうかもしれないがなぁ」
ペナルティスポットにボールを置き、小達が数歩下がった。
笛がなり、小達が助走をとり、ボールを右に蹴る。
水田も同じ方向に跳んだ。予想以上に跳んでいる。
ボールをあっさり止めるとすぐに立ち上がって、誰もいないスペースに投げる。
誰もいないのは一瞬のこと、司城がスペースに入ってきた。
司城はダイレクトに前に蹴り出す。
ハーフライン沿いに走ってから、パスと同時に一気に加速した浅川がボールを追うように走る。トラップとともに更に前への推力をあげた。
「うわ、速い!」
このスピードには陽人も含めたベンチの全員が驚く。
松葉商業がPKで油断したこともあるのだろうが、浅川は完全にノーマーク。追いかけるディフェンダーに影も踏ませず左サイドから一気に中央まで入っていき、ゴール前に迫る。
相手ゴールキーパーが出てきたところを届かないところに冷静に蹴り込んだ。
「うわー! 相手のPKから点が入った!」
全員が総立ちである。ただし両サイドで対照的だ。高踏サイドは喜びで、松葉商業サイドは天国から地獄への落胆だ。
「……」
「うん、どうしたんだ? 陽人。嬉しくなさそうだが?」
じっとピッチを見つめる陽人に、後田が不思議そうな顔を向けた。
「うれしくないわけじゃないよ。彼のゴールは凄いんだけど……」
陽人はそう言ってから、小さく鼻を鳴らす。
「これが持ち味だと、Aチームでは活かしづらいかも……」
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