4月5日 8:35 部室

 入学から3日が経った。


 この日、練習前に卯月がやってくる。


「天宮さん、初戦のメンバー登録、今日までにやらないとダメですよ」

「あ、そうか」


 高踏高校はAチームとBチームで参戦する。


 入学式前であるが、それ以前から始動している。昨日、新入部員の選手登録申請は行っていて、6日までには終わるということである。


 それとは別に、選手達をAチーム、Bチームにふるい分けをしてメンバー登録を行わなければならない。もちろん、昨年度も毎試合行っていたが、2チームに分けなければいけないため、作業量は一気に増える。


「まあ、一昨日話した通り、基本的には主力とサブ。で、キーパーだけは鹿海と須貝をAに持っていく形になるかな」


 陽人はそう言って、メンバーを書き連ねていくが、結菜が「待った」と止めに来る。


「キーパーなんだけど、水田君に問題があって」

「問題?」

「つまり、高踏のスタイルというのはハイプレス・ハイラインなんだけど、彼はそんなに高く上がれないというのよ」

「あぁ……」



 当然といえば当然である。


 高踏のスタイルというのは一日でできたものではない。


 数か月の間、試合もせずに練習してきたからこそ培われたものである。


 仮に試合をしていれば、その都度結果を突き付けられることになる。もし、昨年、完成していない時期に試合をしていれば大量失点を喫して「このやり方だとダメなのではないか」という話も出てきたに違いない。


 登録漏れがあったことで数か月、試合と無縁の環境が続いたことが戦術完成に大きく貢献したのだ。


 今年はそうはいかない。


 その壁に、最初に直面しそうなのが水田明楽みずた あきらだ。



 ここまでの数日、フォーメーション練習などはしていないが、水田は単純なゴールキーパーとしての能力はかなり高い。


 中学ではハンドボールでもゴールキーパーをやっており、更に小学校までは北海道でアイスホッケーのゴーリーもやっていたらしい。そのためか反射神経はかなり良いように見える。現時点で鹿海よりは上で、須貝ともいい勝負ができそうだ。


 とはいえ、高踏のゴールキーパーに求められる役目はゴールを守ることだけではない。


 もちろんゴール前の守備はとても重要であるが、それ以上に前に出て、ディフェンスラインの裏に出そうなパスを未然に防ぐスタイルが求められる。


 足の速い鹿海はもちろん、そうでない須貝にしても練習を繰り返して、かなり前に出られるようになった。それでも、選手権準決勝で須貝は若干遅れてしまい、決勝点を許すことになってしまった。


 水田はその比ではないだろう。そんな高いポジジョンに行くこと自体やったことがないはずだ。やれと言われてできるものではない。


「だから初戦は鹿海さんか須貝さんの出ない方を借りたいな~と思って」




 Bチームのリーグ戦である。


 正直なところ、勝敗はそれほど気にならない。


 とはいえ、準備がまるでできていないキーパーを放り込んで大量失点を喫したらトラウマになるかもしれない。


「確かに。俺も西海大伯耆戦以降、相手セットプレーで自陣前に立つのが怖くなったし、慣れるまでは仕方ないか……。それじゃ、明後日は鹿海がAで、須貝がBかな」


 陽人が割り振りを行ったとほぼ同時に、卯月が「あっ」と声をあげる。


「天宮さん、鹿海さんからメールが来ていて、昨日の晩御飯に当たったらしくて、三日ほど動けないらしいです」


 陽人と結菜、揃ってテーブルに頭を打ち付ける。


 鹿海が動けないとなると、Aチームは須貝、Bチームは水田以外の選択肢がない。



 しばらくそのままの姿勢で、陽人は妹に話しかける。


「……ということだ、悪いが頑張ってくれ」

「……間が悪いわねぇ」


 結菜が頭を起こす。


「そうすると、さすがにラインを上げられないわよ」

「そうだな……」

「……明日に関しては低めのラインで臨むしかないし、それだったら二年より一年を多めに使った方がいいかも」


 通常であればBチームのDFラインは曽根本、石狩、道明寺、南羽であるが、彼らを置くと無意識のうちにラインを上げてしまう可能性がある。


 それならば、戦術的に洗練されていない1年のDFラインを起用して、少し低めで戦うしかない。


「明後日のBチームの相手はどこだっけ?」

「松葉商業ですね」

「弱くはないなぁ」


 いわゆる四強ではないが、それに続くグループだ。


 しかも一軍、決して弱い相手でもない。


 1年メインのGK、DFラインにはキツイ相手だろう。



「うーん、安易に2チーム登録するんじゃなかったかな」


 選手権はほぼ2チームにして対応できた。


 だから、試合が多い方が良いだろうと思ったが、そんなに簡単な話でもなかったようだ。

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