4月2日 11:58 部室

 卯月がメモ帳を開く。


「来週から土曜日はリーグ戦があります。場所については入り口に掲載しますので見ておいてください。また、5月の中旬からU16の遠征がありますので、瑞江さんや立神さん、陸平さんが招集されて離脱する可能性があります」

「え? そんなに早くからリーグ戦がやっているのか?」


 颯田が驚いているが、陽人と卯月は「うーん」という顔だ。


「スケジュール、先月には貼ってあったと思いますが?」

「悪い、見ていなかった」

「……俺も入試の件も含めて、色々あったから細かく説明していなかったかもしれないな」


 一年目も完全に手探り状態だったが、一年目から二年目の年度替わりにどういうことが起こるか、ということも初めてのことである。


 おまけに、選手権の躍進で意見を聞かれたり、特任コーチの話もあったり。


 以前に比べてしっかり練習をする時間が減ってきたというのはある。


「まあ、そうしたことも河野さんに肩代わりしてもらいたいかな」




「しかし、代表の件は初めて聞いたな」


 一方、遠征に対する林崎の感想については「はい。こちらは昨日発表されてファックスが来ていました」と説明している。


 3人が離脱ということで、何人かが5月中旬のスケジュールを確認する。


「5月中旬は総体予選がやっていますが、26日の準決勝まで戦う必要がありません。ただ、リーグ戦・5月12日の珊内実業との試合には出られない可能性がありますね」

「それはキツいなぁ。延期とかできないの?」


 世代別代表に選ばれる選手がいるということは、その高校にとっては主力選手を引き抜かれるということだ。それで強豪校との対戦というのは不公平だ。


「できる」


 もちろん、そういうケースでは試合の延期を要望することができるが。


「ただ、面倒だからそのままで良いって県の協会に言っておいた」


 陽人はこともなげに言う。


「いいのかよ?」


 選手権4強まで言ったとはいえ、ノーマークゆえの利点もあったからだ。


 新人戦では敵なしの状況だったとはいえ、さすがに年度が変わると相手も本気で対策してくるだろう。そうなると、さすがに瑞江、立神、陸平抜きは辛い。


「勝敗を考えると良くはないが、降格しなければ別にいいだろう。今後負傷や累積警告で出られない時もあるかもしれないし。色々なことを試す機会だと捉えることにする」


 陽人がそう言うのであれば、異論は出ない。



「問題は、Bチーム結成を考えるとゴールキーパーの人数が足りなくなるかもしれないということだ」

「あぁ」


 新2年のGKは引き続き鹿海と須貝だ。新1年には水田というGKがいるが、これだとBチームは退場者が出た場合に、本来GKでない選手がプレーしなければならない。


「雄大を登録……というわけにもいかないよなぁ」


 昨年第3GKとして存在だけしていた後田を、という手もあるが、Bチームの試合が出来ないかもしれないから、Aチームのヘッドコーチ格をBチームの試合に向かわせるというのはチーム強化という点では本末転倒の話になる。


「そうだな。枠だけ考えて雄大をAチームで登録することも考えたが、Aチームは真面目に戦うべきだろうから取りやめることにした。新一年でもう1人入ってくれない場合は、退場者が出たら誰かフィールドプレイヤーがゴールキーパーをやってもらうことになる」

「部員が大分増えたから綱渡り状態が解消されたかと思いきや、そんな罠があったとは」

「超強豪校は別にして、他はそんなものじゃないかと思うし、仕方ない」


 いないものはいないのである。


 ない者ねだりをしても仕方ないし、今までもそうやってきた。



「ただ、試合は来週だからまず初戦のAチームとBチームを分ける。夏以降は新一年主体でBチームを組みたいが、現時点では連携も何もないし、まずは従来の主力組、サブ組に一年を割り振る感じになるな」


 陽人はメンバーを割り振っていく。


 サブチームにはポジションが三つ空いている。鹿海がレギュラーのGKになる関係でFWが一枠、中盤は元々1人足りないうえに陽人が抜けたので2人空いている。


「実力判定も難しいので、当面は中学時代の実績で、前線は浅川、中盤は司城と神津かな」


 兵庫でトップクラスのストライカーと言われていた浅川光琴と、ニルディアユースへの昇格が決まっていたのに高踏に来た司城蒼佑、昇格はできなかったがジュニアユースに所属していた神津洋典である。神津は本職がセンターバックだが、中盤も可能ではあるらしい。


「8日に入学式があって、そこから数日新入生が来る可能性はある。本格的なチーム練習に入るのは二試合目が終わる4月中旬くらいで、それまでは今みたいな練習と個人トレーニングかな。3月のうちにラグビー部の部室に幾つかトレーニング器具が入っている」

「そのお金ってもしかして……?」


 結菜が聖恵の方をチラチラと見る。


「いや、大溝さんが少し型落ちのものを持ってきてくれた」


 大溝夫妻は引き続き名古屋でトレーニングジムを経営している。


 昨年、高踏高校サッカー部で練習に回り、その写真を掲載していた。


 その時点では「公立校で全国まで行ったから多少の宣伝効果にはなるだろう」くらいだったが、まさかの四強進出で多少どころでない宣伝効果となった。更に実際に色々助けも受けていたため、何人かの選手はトレーニングについて「大溝さんの世話になったし」とコメントしていた。


 結果として期待以上の効果があり、型落ち商品を設置してくれたのだ。型落ちとは言っても、普通の公立校では到底望めないものだし、春休みに遊びに来ていた谷端も「ウチのより良い」って言っていたから問題ない。


「……ということで、去年までは時々こっちが出向いていたけど、今年からは日曜日は向こうから来てくれるらしい」

「おっ、そうなんだ」

「器具があるからと言って、勝手にやって変な鍛え方をすると、かえってパフォーマンスが落ちる可能性があるからな。な、耀太」

「……嫌味か」


 園口耀太は中学時代、変なトレーニング方法を教わった結果鈍足になり、低迷した経緯がある。めったやたらに鍛えれば良いわけではない。

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