4月2日 9:12 高踏高校グラウンド

 入学式が一週間後なのは、高踏高校も同じである。


 しかし、この日の朝、サッカー部の部室には実に40人の学生が集まっていた。



「みんな、やる気充分ねぇ」

「そういう結菜が一番早く来ていたんじゃなかったっけ?」


 と、勝手を知る様子である結菜、我妻、辻の3人に、兵庫から戻ってきた浅川光琴。


「すっげー! 使えるピッチが増えている!」


 と、これまた見学で何度か来ていた司城蒼佑、神津洋典、戎翔輝ら。


 更に、一際小さいがそれでも155センチまで身長が伸びてきた聖恵貴臣らもいる。



 彼らと既にいる二年生が顔合わせをしている中、陽人はピッチに白線を引いていた。二つあるピッチの中間地点を中心に円形の白線を敷いている。


「陽人は何をやっているんだ?」


 円を敷き終わると、戻ってきた。


「今日、ここには俺と雄大、スタッフ組(マネージャー+結菜組)を除いて33人いる。実践的な練習をしてもいいのだけど、入学式が終わった後に入ってくる学生もいるかもしれないから、入学式までは遊びみたいな練習をやってみようと思う」

「遊び?」

「そう。ロンドってあるだろ? それをもうちょっと広げた感じのやつ」

「あの円の中でやるのか?」


 ロンドは確かに輪を組んで行うものだ。だから円なのだろうか。


 しかし、陽人が敷いた円はロンドとは比較にならないほど広い。半径だけで40メートルくらいありそうだ。


「そう。33人だから11人で3チーム作れる。だから、3チームで試合をする。通常の2チーム同士の試合だと試合できないメンバーが出るから、3チームまとめて、だ」


 陽人はマネージャーの卯月から袋を受け取った。そこに赤、青、緑のビブスが入っている。


「ゴールは真ん中に3つ、正三角形状に並べる。自軍以外のゴールに決めたら得点だ」

「何だか訳が分からんが」

「ま、とりあえずゴールを移動させよう」


 と、陽人達はゴールを3つ、円の真ん中あたりに置く。あらかじめ大きさは計算していたようで置く位置にも線が引かれてあった。



 図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093074955105129



 ゴールが3つ、丸いグラウンドの真ん中に置かれる。


 それぞれのゴールのポストとバーに赤い紙、青い紙、緑の紙を巻いていき、三つのゴールが完成した。


「狙いとしては、まず中央に全員集まるからスペースが非常に狭い。狭い密集に慣れるということが一つ。次に相手が2チーム分いるから、状況の入れ替わりがめまぐるしく、切り替えの練習になる。最後にピッチが円形だから外にボールが出ない。プレーが切れる時間が少なくて結構きつくてスタミナの強化にもなる」

「ほぉ~」

「まあ、そういう効果があるのではないかと思ったが、実際にどうなるかは分からない。今回は中央だけど、そのうち三角形型のピッチの三点にゴールを置く形もやろうと思う。そっちはもう少しフォーメーション的な要素も入るかな」


 結菜が手をあげた。


「ゴール越しにパスを送ってもいいの?」


 中央にゴールがあるから、円に沿って攻める方法が思い浮かぶが、中央のゴール達を超えるようなボールを蹴って、いきなり向こう側の無人のスペースを狙う方法もあるのではないか。


「もちろん構わない。あと、中央にデッドスペースができるけど、そこには雄大に入ってもらって、ボールが入ったら外に出してもらう。戻す方向は雄大が好きに決めてくれて構わない」

「オッケー」

「以上だけど、33人がボールを追うとなると、触れる時間が少なくて面白くないかもしれない。だから、ボールは2個入れて行う。審判はこういうスタイルなので1人では勤まるはずがないから、俺、結菜、我妻さん、高梨さんの4人で審判をする」


 NFLの審判のような白黒のラインが入ったシャツを取り出した。


「まあ、遊びみたいなものだからムキになってファウルされても困るけど、一応、入る。辻君は映像と、あとは時間を見ておいて。卯月さんはスコアのチェックを」

「分かりました!」



 その場にいる33人を3つのチームに分けて練習が始まった。


 まずは勝手をつかむために普通に布陣するが、すぐにそれでは話にならないと分かる。


「相手ゴールが後ろにある!」


 ディフェンダーは守るために、自軍ゴールに背を向ける必要があるが、中盤はパスを出すために自軍ゴール側を向いていなければならない。フォワードは自軍ゴールと相手ゴールの間に分散して散った。


 スペースは狭いし、ボールが2つあるのでめいめいが戸惑い、右往左往する。正しいポジショニングもへったくれもない。


 そうこうするうちに、背後から出たクロスボールをゴール正面にいた武根が決めた。


「ちょっと待て、後ろからクロスボールなんて反応できるか!」


 須貝が両手をあげてお手上げという仕草をした。


「練習で後ろからのボールも経験すれば、試合では前と横からしか来ないんだから楽になるだろ?」


 後ろにいる後田が笑いながら言うが、その後田の頭にこぼれ球が直撃する。


「うおっ!?」

「おまえも人のことを言えないじゃないか、ってうわ!」


 後田が須貝側にボールを投げ入れるといつの間にか近づいていた戎に蹴り込まれた。


「ゴールが決まったら、どこから再開するんだよ?」


 須貝の問いかけに陽人が「あっ」と声をあげる。


「それは考えてなかった。ま、普通の試合だとセンターサークルだから雄大に渡してボールを出させよう」


 須貝が後田にボールを渡すと、二個とも人数の少ない側に放り投げた。


「うぉぉ、雄大め。性格が悪い奴だ!」


 悪態をつきながら、一斉にボールの方向に走り出す。


 混沌はしばらく収まりそうになかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る