1月6日 17:04

 負けた場合でも、試合終了後にやらなければいけないことは多い。


 記者会見に臨んで、試合についての質疑応答に答えて、その後控室で荷物を整理して帰ることになる。


 質疑応答で聞かれるのは、まず判定面に関するものだ。


 PKになりそうなプレーが見逃されたこと、北日本短大付属の1点目について。



 聞かれて初めて、そういえばPKになりそうなプレーがあったな、と思い出した。


 後半、布陣をどうしようかと考えていたことばかり思い出して、前半の途中まではほとんど覚えていない。


『判定について言いたいことは特にありません』


 仮に文句を言ったところで、結果が変わるわけでもないし、不毛な議論を呼ぶだけである。大人の回答、というより、本心で「仕方ない」というところがある。


 ただ、二つ目の質問にはムッとなった。


『この試合を解説していた元五輪代表監督の猪尾氏は、失点シーンは本来のゴールキーパーである鹿海なら止められていたのではないかとコメントしていました。この試合、ゴールキーパーが須貝だった理由は?』


 思わず、「その人、昨日は残り二試合で須貝を使った方がいいって書いていただろ!」と言い返したくなった。鹿海が前日に「須貝で良いのではないか?」と言ってきたのは猪尾を含めた周辺の評価によるものだ。自分も「元五輪代表監督でもそう思うのなら」と鹿海の申し出を受け入れた。


 実際には、準決勝はひたすら攻めまくるだけとなり、ピンチは三回。


 七瀬のゴールは仕方ないとして、ロングシュートと佃の決勝点は、鹿海なら何でもないプレーだっただろう。須貝も鈍足というわけではないが、足の速さは鹿海の方が明らかに上だ。


 鹿海ならロングシュートにも簡単に追いついていただろうし、佃の決勝点も、佃より前にクリアできたはずである。よしんばシュートを打たれたとしても、腕の長い鹿海なら弾けたかもしれない。


『……鹿海と色々話をしているうちに、須貝で行こうということになりました』


 もちろん、「おまえのせいだよ」とは言えない。影響を受けたのは間違いないとはいえ、最終的に決めたのは自分なのだから。



(そうか……、そこからこの試合はズレが出ていたんだな……)


 どんな理由があれ、自分が「こうする」と決めていたことを曲げてしまったのは事実だ。自分の中に迷いがあったことになる。


 それが結局、試合展開にも、結果にもつながったのかもしれない。


 後田や真田といった内情を知る者のアドバイスではない。チームのことを何も知らない者の言葉に耳を傾けてしまったのは自分の落ち度である。


『詳しいことまでは話せませんが、勉強になりました』


 陽人はそう締めくくった。


 更に三つほどの質問があり、答えたところで質疑応答が終わった。




 控室に戻ろうとしたところで「天宮君」と呼びかけられた。


 佐久間サラが立っている。


「残念だったわね」

「いえ、まあ、これまでが出来過ぎでしたから、充分ですよ」

「宿舎に帰った後、名古屋に戻るの? 戻ることをお勧めするわ」

「……どういうことです?」


 宿舎に戻った後、どうするかは決めていない。というより、陽人には決める権限がない。決めるのは校長だろう。


「さっきの質疑応答、ほぼ監督扱いされていたでしょ? 北日本の峰木監督が口を滑らせちゃったことを自ら裏付けてしまっていたわよ」

「あっ……」


 言われてみればそうである。


 敗戦の疲れもあったが、準々決勝後と異なり、かなり具体的な質問が飛んできていたし、それに普通に答えてしまっていた。


 真田が監督、という図式が先程の応答には全くなかった。陽人が監督であるという前提で質問が飛んできていて、それに答えていた。


 峰木が言っていた「天宮が監督」というのは、先程の質疑応答で確定的となったと言っていいだろう。


「仮に明日帰るとしたら、帰る前に取材が殺到するんじゃないかしら。『高踏高校の躍進は、学生監督の手腕によるものである! 未来の日本サッカーを変えるかもしれない若き名将・天宮陽人とは何者か!?』ってね。多分、瑞江君の比ではないでしょうね」

「……うわぁ……」


 瑞江が受けていた面倒そうな取材の数々を思い出し、陽人はげんなりとなる。それを超えるかもしれないなど、まっぴらごめんだ。


「……チームが残るとしても1人だけ先に帰る方がいいでしょうね。と、言うより、この後チームのバスで戻るより、タクシーでホテルに戻る方がいいかもね」


 チームメンバーが戻る前にホテルに戻り、自分だけ荷物をまとめて一足早く帰るべきだ、ということのようだ。


「そんなにお金持ってないですよ」


 陽人は財布の手持ちは二万円弱である。


 名古屋か豊橋への新幹線代とそこからの交通費で半分以上が消える。その残りでここから横浜のホテルまでのタクシー代を払うのは無理だろう。


 緊急事態ならともかく、「取材から逃げたいから貸してくれ」と誰かに頼むのも気が引ける。


「私がアプリで払っておくわ」

「え、いいんですか?」

「気にしないで結構よ。束脩そくしゅうの前渡しとでも思っておいてくれればいいわ」

「そくしゅう?」


 一体何のことだかさっぱり分からない。


 とはいえ、これだけ疲れたタイミングで取材を受けるのはごめんこうむりたい。


 佐久間の意図は不明ながらも、その好意に乗ることにした。




※束脩

 入学・入門の際に弟子・生徒が師匠に対して納めた金銭や飲食物のこと。大抵は本人で、幼年の場合などには親族が納める。

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