1月6日 16:23
試合終了のホイッスルが鳴って、スタンドの結菜と我妻が揃って下を向いた。辻もビデオを収めつつ、悔し涙を流している。
「……弘陽学館戦で向いてくれた流れが、今日は逆だったって感じかな」
藤沖が総括する。
「そうですね。運がこちらに向いていた試合でしたね」
夏木は少し申し訳なさそうだ。
「ああすればこうすればというシーンもあるけれど、全国を制するには単純にまだ能力が足りなかったということもあるだろうしね。個々人にとってはまだ一年だ。これからいくらでも伸びるところはある。ただ」
見せすぎてしまったかもしれない、と藤沖は思った。
ベスト4まで進んだことで、今後、高踏のやり方は間違いなく対策される。
今回、北日本短大付属が見つけた解法は完全なものとは言えなかった。
しかし、これを踏まえて更に研究してくるところが増えるだろう。
北日本がやっていたという11対16のような中盤を支配されることを想定した練習を行うところも増えるかもしれない。
「ひょっとすると、頂点まで行けるチャンスが一番大きいのは今年だったのかもしれない」
という思いもある。
「やっぱり足りなかったのよ!」
唐突に結菜が立ち上がる。
「優勝するには高踏には足りないものがあった。つまり私が必要ということなのよ! 高踏高校の真の監督・天宮結菜が!」
「は、ははは……。期待しているよ」
そうしている間に、グラウンドではインタビューが始まった。
『放送席、放送席。それでは勝ちました、北日本短大付属・峰木監督に来ていただきました! 決勝進出、おめでとうございます!』
佐久間サラがマイクを向ける。
「気のせいか、あまり面白くなさそうな顔をしているね、大会アイドル」
「ですからマネージャーですよ」
『……いや、まあ、何と言いますか、ウチが勝ってしまっていいのかなと思う試合でした』
『確かに、試合は終始押し込まれましたが、ゴールキーパーの新条君を中心によく守っていました。何か狙いはあったのでしょうか?』
『いえいえ、狙いなど。ただ、夏に練習試合をして、高踏さんがこういうサッカーをしてくるということは分かっていましたので、とにかく失点を少なくしようと心がけておりました』
少しのどよめきが起こった。高踏がこの大会前に試合をしていた、ということが驚きだったのだろう。
『つまり、高踏のやり方は分かっていたので対応できたということでしょうか?』
『あくまである程度は、ですね。きちんと分かっていればこんなにシュートを打たれてはいません。それに引率の人もいない中、天宮君も監督として大変だったと思います』
『んあ……?』
佐久間が素っ頓狂な声をあげた。途端に目の挙動が落ち着かなくなる。
スタンドにいる夏木が青い顔で「先生、そこから先は……」と言うが、峰木は全く悪気なく続きも口にする。
『今時の高校生は本当に凄い。テクノロジーも進化していますし、天宮君や次の存在が出て来て、高校サッカーも変わっていくんでしょうね』
『け、決勝ですが!』
佐久間が無理矢理話題を切り替える。
『相手は洛東平安です! 大会まだ無失点のチームで、北日本短大付属同様に堅守のチームですが、どのようなイメージをお持ちでしょうか?』
『そうですね……。まあ、これから宿舎に戻って明日までに考えます。今はこの試合が終わったということで他を考える余裕もありません』
『決勝も期待しています! 北日本短大付属の峰木監督でした!』
佐久間サラは峰木を追い払うようにインタビューを切り上げ、続いて佃のインタビューが始まった。
ただ、峰木のコメントは確かに何人かにインパクトを与えている。
「高踏の監督って、あの8番なの?」
「言われてみると、二回戦も準々決勝も見たけど、確かにテクニカルエリアにいるのはあの8番・天宮だったなぁ」
「じゃあ、あのサッカーも高校生が考えたわけ?」
「北日本短大付属監督の言葉が本当なら、そうなる」
「凄いな。本当にそうなら、日本代表30年くらい指揮できるんじゃないか?」
話の輪が広がってきている。
あちゃあという顔をしているのは藤沖。
「そのうち分かる話ではあったけれど、今、分かっちゃったかぁ」
結菜も敗戦のショックが、爆弾発言で吹き飛ばされたようで吹っ切れている。
「……まあ、負けてからなので、まだ救いはありますけどね。勝っている最中だったらそっちの話題も広がって大変になっていたかも……」
それこそ、そんな話題で振り回されて、集中できずに負けた可能性がある。
となると、普通に試合をして負けた後に分かるのは、まだマシだ。
「それでもこれから、結構大変だと思うよ」
藤沖はどこか他人事のように言っているが。
「実際他人事だから。僕はそもそも休職扱いで、しかも高踏の契約は去年12月末で満了。4月からは樫谷に戻るけど、今は無職だから」
文句を言うとあっさりと開き直る。
「……何と言いますか、その、申し訳ありません」
結菜と藤沖との間で火花が飛び交っている間、夏木は平身低頭していた。
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