1月6日 16:11
右サイドから立神がクロスをあげる。
少し高めのボールが上がり、篠倉が走りこもうとするが、一歩先に新条がパンチングで逃れた。やはり苦手ということは意識しているのだろう。キャッチしようとせずにパンチングしかしない。
パンチングを拾えばチャンスになるが、ここは北日本のセンターバック平雄太のところに転がる。平はチラッとハーフラインのあたり、交代選手が2人並んでいる様子を見て、大きく蹴り出した。
その瞬間には、クリアしてプレーを切るつもりだと多くの者が思った。
「……うん?」
案に相違して、ボールは右サイドのハーフラインそば、棚倉を狙ったものだった。
棚倉も相当バテている。後半20分以降、長めのボールは追おうという素振りも見せない。
しかし、ここは競りに行く。
高さでは園口を相手にしないはずだが、それでもどうにか勝てる程度だ。
「棚倉さん!」
七瀬が中を走る。そこには陸平がついている。
棚倉の目はそちらに向いていた。
しかし、ヘディングしたボールは全く違うところ……小切間と瑞江の中間地点あたりに落ちる。お互いボールに気づいて走り出すが、小切間が若干近い。
「七!」
と七瀬の名前を叫んで小切間がパスを送る。
狙いは七瀬とキーパーの間にあるスペース。
そこを狙って七瀬と陸平を走り合いにさせるつもりだろう。
「あれ……?」
会場の全員が目を見開いた。
七瀬に背後を突かせるはずだったボールは、全く見当違いの左サイドの方に飛んでいく。
無人のスペースにボールが転がるが、カバーに入った林崎が拾った。
戻ってきている立神にボールを回す。
「翔馬!」
鈴原が叫んだ。立神が「えっ」と反応した瞬間、そのそばを影のように抜けるものがいる。
林崎の気のないパスをカットし、左サイドバックの佃が一気に高踏陣内へと入っていった。
立神が一転して追いかける。速力は立神が上だが、佃は既にトップスピードでゴールを目指しているから、簡単には追いつけない。
陸平は周囲を確認した。
佃をフォローする北日本の選手は七瀬以外にはいない。
ただ、佃の前は完全にスペースが空いている。正確に進めばシュートまで行ける。
七瀬を離して佃につくか、七瀬へのパスを防ぐことに専念するか。
100分の1秒ほどの間に、陸平は後者を選択した。
七瀬をカバーできるのは自分しかいない。
GKの須貝と、追いかける立神、あるいは佃のミスを期待し、引き続き七瀬をマークする。
佃は元来フォワードなのでドリブル技術も高い。
とはいえ、さすがに疲れて細かいステップはできないし、立神が追いかけてきている。
佃は前方に蹴り出した。自分へのパスのような形である。
須貝も前方に出てきた。
僅かに佃が早く追いつきそうだが、後ろの立神も迫っている。ワンタッチしか先んじられない。佃はシュートを打った。グラウンダーではなく、浮き球のシュートだ。
須貝がペナルティエリアの端で手をあげた。エリアを出ていれば間違いなくレッドカードものだが、そんなことを気にする余裕もない。
ボールは須貝の左手の上を抜けた。
ゴールエリアあたりで小さく弾んで、コロコロのゴールラインの中へ転がっていく。
陽人は天を仰いだ。
目の前で棚倉が、「さっきはそこまで跳べなかっただろ?」と突っ込みたくなるほど飛び上がって、決めた佃に走り寄る。
「大地が佃を見落としていたな……」
後田がポツリとつぶやくように言う。
それもあるし、立神もしっかり受けに行くべきだった。
ただ、そうなるのもやむをえない部分もある。
佃はこの試合通じてハーフライン近くまで上がることすらなかった。まさかいきなり飛び越えてくるとは思わなかっただろう。
ただ、佃は自分が交代させられることが分かっていた。だから、最後に全力を使い果たすつもりでいたのだろう。
「平さんのクリア、棚倉さんのヘディング、小切間の展開、全部ミスだ」
拮抗した展開を崩すのは予想外のプレーであり、そうしたものは天才的な感覚が生み出すことが多い。
しかし、予想がつかないという点ではミスもまたそうである。そしてサッカーほどミスの多い競技も少ない。
だから、何が起こるか分からない。
「……2トップ!」
とはいえ、打ちひしがれているわけにもいかない。
前線に指示を出し、篠倉と鹿海を並べて、その下に4人園口、瑞江、戸狩、立神を並べる布陣に替えた。
林崎の1バックで、1-3-4-2ともいうべきフォーメーションである。
そこから。
高踏はロスタイムも含めた11分間で実に14本のシュートを放った。
テレビ局の集計では、シュート数は35本と3本である。
しかし、試合終了の笛が鳴った時、北日本短大付属は2点で、高踏は1点だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます