1月6日 16:03

『左サイド、戸狩が切れ込んできて、あ、自ら打った! しかし、これはキーパー新条がガッチリとキャッチ』

『意表をつく狙いですが、新条君、しっかり準備できていましたよ』

『準決勝は後半35分を回りましたが依然1-1。残り10分の戦いとなってきます』

『準々決勝までは80分でしたからね。ここからの10分は未知の10分です。両チームとも頑張ってほしいですね!』



「良くない展開ねぇ」


 隣の我妻に語り掛けるのは結菜。


「攻めているのに入らないものね……」


 それを聞いている藤沖と夏木が互いの意見を述べる。


「ただ、テレビも言いますが、この10分は北日本にとっては未知の10分です。これだけ攻められているので最後集中が切れるかもしれませんし、何よりもう走れないでしょう」


 夏木の言う通り、北日本が最後に作ったチャンスは同点ゴールのシーンである。


 棚倉も次第に動きが落ちてきているし、七瀬も封殺されている。


「七瀬は夏の練習試合でもそうでしたが、動きがダイレクト過ぎて読みやすいのが難点ですね。陸平君のようなタイプが相手になるとどうしようもなくなる」

「あの練習試合は二軍だったっけ? 僕も映像だけは見たけど、全員高踏に圧倒されて、全く目立つシーンがなかったよね?」

「そうですね。それだけに一年には発奮材料になったようです。七瀬はもちろん、小切間や、あとは両サイドバックの佃と斎藤、退いた石代も夏以降一気に伸びましたよ」

「というところで、佃と斎藤の両サイドバック一気替えか……」


 ピッチサイドに背番号6と13が並んでいる。第四審がもつ数字がはっきりと見える。21と24。両サイドバックの佃と斎藤だ。


「三戸田も黒田もセンターバックの控えですね。佃は元々フォワードですし、斎藤は本来ボランチの選手ですが」

「つまり、より守備に専念する。このままで良い、というわけか」


 90分を耐え凌ぎ、PK戦で何とかしようという腹積もりのようだ。




 陽人はテクニカルエリアに出て、声を出しているが、戦術的な指示はほとんどない。


 そもそもレギュラーチームだと交代できる部分が少ない。その唯一の手が戸狩であり、既にそれは打ってある。高さを信じて投入した鹿海と篠倉も含めて、打てる手は全て打った。


 最善手ではなかったかもしれない。しかし、やるべきことは全てやった。


 ふと、向こう側を見ていると、相手陣のテクニカルエリアに北日本監督の峰木の姿がある。


 夏は二軍相手だったから、彼のことは見ていない。そういえば、夏に二軍の指揮をしていた夏木はどこにいるのだろうか。スタンドにいるということまでは頭が及ばない。


 峰木と視線があった。


 何故だか笑っていた。実際にはそう見えただけかもしれないが。


 陽人も不思議と笑いが浮かんだ。


 敵と味方ではあるが、立場はよく似ている。


 自分で解決する手立ては持たない。状況を踏まえて解決策を考えて、それをピッチに送り出す。後は目の前で起きた結果に対して、自分なりの責任を果たすだけ。


 お互いやるべきことはやった。


 もはや緊急事態以外で選手交代のつもりはない。北日本も、今、ハーフラインに並んでいる2人を送り込めば終わりだろう。



 一年の陽人と、60歳の峰木。祖父と孫というくらい差が離れているが、何故だかとても近い存在のように思えた。



「相手はディフェンダーを入れてくるな」


 後ろから後田が声をかけてきた。


「だろうな」


 おそらく、自分が北日本監督の立場なら、自分もそうするのが正しいと思うだろう。


 追加点の見込はない。しっかり守り切るという意思表示をして、「専守防衛過ぎる」と批判されてもとにかく守り切る。


「PK戦の順番を考えるか?」

「……そうだな」


 まだ早いとも思った。


 一方で終わってから慌ただしく決めるのも良くはない。


 もちろん、正規時間が終了したら即PK戦だということは理解している。だから、大雑把な順番は考えていたが、後田とも意思統一をしておいた方が良い。


「一番決めそうな者からだ」


 PK戦は先行の勝率がかなり高い。しかし、最初の一人が外したら、後行チームの勝率がはねあがる。最後の5人目に上手い選手を起用してもあまり意味がない。


 上手い者、というよりPKを決めてくれる者から入れていくしかないが、これが難しい。


「こんな場面で蹴ったことのある者はいないからな」


 ワールドカップのトーナメント戦でのPKで、日本代表は高校選手権の経験者は全員決めたという話もある。そのくらいプレッシャーが強いということだ。


 日頃の上手い下手はほとんどアテにならないだろう。


 事前のざっくりとした決定では、瑞江、立神、睦平、鈴原、園口、戸狩という順番だ。ここにこの試合の状況を加味するか否か。


「その必要はないだろう」


 という点で陽人と後田は一致した。


「ただ、嫌だというのがいた場合に備えて9人くらい決めておこう」

「そうだな」


 蹴ることに不安を感じる選手には任せない。そういう選手はミスをする可能性が高いからだ。


「大地、優貴、純、隆義、康太かな」

「異議はないが、全員決まったぞ」

「ハハハ」


 PK戦の順番も決まった。


 残すものは何もない。残り9分とその先にあるかもしれないPK戦を待つだけだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る