1月6日 15:41

 鹿海と篠倉が入った。


 高踏は2人を活かす展開を模索するし、逆に北日本はそうさせまいと対応する。


 ただ、すぐに入れた効果より、入れた副作用の方が目立つことに気が付いた。


「うーん、ハイボールをあげてしまうと、相手も集まってしまうなぁ」


 北日本短大付属側もキーパーの新条が高いボールを苦手としていることは理解している。だから、高さを武器としてきそうだとなった時に、それだけ集中して集まってくるようになった。



 相手側の守備意識が高まると同時に、こちらの攻撃意識に問題が生じる。


 これまでハイボールを集めるという練習自体をあまりしていない。もちろん、それであげられないということはないが、あげた後の決まり事が少ないので、展開の広がりを見せない。



 何よりもまずいのは視野の問題である。


 高いボールがあがると、自然と上に視線が向く。その一瞬の間、グラウンドレベルでの味方や敵の配置から目を離すことになる。


 これによって、ポジションの連続性に乱れが生じる結果となる。1人1人だけなら大きなことはないが、フィールド上の11人全員がそうなるので馬鹿にならない。


 結果としていつもの展開と比較してポジションにズレが生じてしまい、波状攻撃の勢いに陰りが出て来る。北日本が守備一辺倒だからいいものの、もう少し攻撃的かつ狡猾なチームなら痛いカウンターを食らったかもしれない。


「……これは失敗だな」


 三度目の攻撃が失敗した時点で、陽人は自分の意図がかえってチームを弱体化させていることを認めるしかなかった。


 後田はその事態は認めつつも首を傾げている。


「しかし、相手にハイボールを使われても、そんなに変にならないのにな」

「それはハイボールやロングボールの守備は想定して、対策とそこからの方法も模索していたからな。ただ、攻める時にどう使うかということを連続的なものとして考えていなかった」



 練習不足もあるし、何より高踏高校のコンセプトに高さを組み合わせる思考実験自体をしたことがない。


 全員が共通理念をもつから能力以上の力を発揮できていたのに、それをわざわざ捨ててしまったようなものだ。


 これではダメだ。陽人はオープンプレーではハイボールを使わないように指示を出すしかない。



 その時点で後半15分……つまり、試合終了まで残り30分が近づいてきている。


 もはや定番となっている後半残り30分での戸狩投入のタイミングだ。



 拮抗した展開だから、戸狩の打開力と決定力を頼りにしたいところではある。


 ただ、陽人は引き続き、自分の交代策が足を引っ張っている事態に気づいた。


「二枚替えは失敗だったなぁ」

「どうしたんだ?」

「いや、考えてみれば相手はサイドを明け渡しているわけだから、達樹と真治を両サイドに入れた方が良かったのかもしれない」


 前半の得点は波状攻撃ができたからによるものだが、そのきっかけは左サイドを完全に崩し切ったものである。稲城と颯田は崩せなかったが、瑞江は崩せた。


 ならば瑞江と戸狩を両方のウィングの位置にいれて、サイドからの切り崩しを狙う方がより決定的なチャンスが増えたかもしれない。


 今からでもそうすべきではあるのだが、そこに鹿海と篠倉の2人がいるという問題が出て来る。



「あ~、純や優貴をぶっつけで中盤にするのは無理だな」


 後田も理解して頷いた。


 それでもなお瑞江と戸狩を両ウィングにするとなると、実質4トップとなる。


 さすがに前掛かり過ぎるし。


「2人が中にいると、達樹も真治も中に入りづらくなる」


 高踏の最大の得点源はもちろん、大会得点王の瑞江と2位の戸狩だ。


 サイドを崩して最終的にこの2人のどちらかがシュートを打てる状況が好ましい。


 しかし、中に篠倉と鹿海がいると、2人の入るスペースは限られる。


 といって瑞江と戸狩が優先的に入る状況を作るとなると、篠倉と鹿海の片方は不要となる。しかし、入れたばかりでまた替えるというわけにもいかない。


「で、どうするんだ。4トップにするのか?」

「さすがに4トップはな……」


 陽人は戸狩を呼んだ。


「希仁に替えて出すから、そのまま左ウィングに入ってくれ」

「前半ラストの達樹みたいなことをやれ、ということか?」

「そういうプレーが増えれば申し分ない」

「分かった。やれるだけやってみる」


 戸狩は交代を伝えに第四審のところに急ぐ。



 戸狩を左ウィングに入れて、センターは鹿海、右は篠倉という布陣は変わりがない。


 中盤は左側に瑞江と芦ケ原、アンカーの位置に鈴原となる。


 左サイドに園口、戸狩、瑞江と技巧派が揃うことになるが。


「この布陣だと、相手もこちらは左から攻めるって丸わかりになってしまうんだよな。失敗したなぁ」

「ま、やってみないと分からないんじゃないか」


 後田が答える。


「優貴と純の投入が客観的には正しくてもチーム的にはそうじゃなかったのと同じで、一見して失敗したと見えるものがうまく行く可能性もあるわけだし」


 交代は自分達だけのものではない。相手の事情もある。


 北日本が左側の狭いポジションに密集させれば、右サイド側のチャンスが増えるかもしれない。


「ベンチにできることは、入れる選手が最高の結果を出すはずだと信じることのみだ。真治が決勝点をあげるか、直結するプレーをしてくれるとね。それが優貴か純だったら、こちらとしては最高だ」

「まあな」

「勝つために頭を絞ってやった結果だ。それがミスだったなら仕方ない。動かずに負けるよりはいいんじゃないか?」


交代図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093074445032866

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