1月6日 15:36

 何が起きたのか分からなかったのは両軍ベンチも同様だ。


 それでも陽人は目の前の事実を逆に積み上げていく。


「……七瀬が決めたということは、駆が倒れていたからオフサイドでなかった、という扱いだろう。駆が倒れていてプレーが止まらなかったのは、直前に耀太が前に蹴っていたから、大丈夫だという意思表示に見えたということで、ファウルもなかったという話だろうな」

「……釈然としないけど、そういうことなんだろうな?」


 そうこうしていると、須貝が救護スタッフを呼んだ。


「駆はまだできるのかな?」


 治療の様子を眺める。プレー続行が無理であれば、嫌でも交代するしかない。


 ただ、周囲にいる選手の様子を見ていると、プレーを続行できそうだ。


「相手の15番はかなり無理な体勢でもパスを送れそうだから、七瀬の走り込みは増えるかもしれないな」


 立神は先ほど追いついてはいたが、スピードはありそうだ。


「徹平を入れるか?」


 後田の提案はもっともでスピードがある相手となると、負傷した武根よりは、走力に自信のある石狩を入れた方が良い。


「それはもちろん考えるところではあるが……」


 そこで救護スタッフから丸の合図が出た。まだ大丈夫ということだ。


 しかし、陽人はサブの多くにアップをするように指示を出した。



 武根が包帯を巻いて、ピッチに戻る。


 拍手が広がる中、高踏のキックオフで試合が再開した。


「まだ同点だ! 落ち着いて行こう!」


 陽人と後田がベンチから大声をあげる。


 それを受けて、ボールを回しつつ相手の様子を伺う。


「とはいえ、相手もハーフタイムでリフレッシュしている。このままでは簡単には崩せない雰囲気だな」


 北日本短大付属の守備のやり方は前半と変わらない。元々、後半も同じスタイルで行くつもりだったのか、あるいは同点に追いついたことで前半のやり方に戻したのか、それは分からないが、前半と同じような展開になる。


「ま、交代準備の間はこれでも良いか」


 攻めあぐねている状態であるとも言えるが、一方で控え選手のアップのための時間を稼げているのだから、悪いことではない。


 高踏優勢の展開で、また時間が推移していく。


 2分、3分と経過したところで、交代を決める。



 スタンドからもその様子が見える。


 ピッチ上の展開が大きく変わらないこともあって、この時間帯はかなりの観客がベンチの様子も見ていたようだ。かなりの人数が呼ばれた選手に気づいて見てまばらなどよめきが起こる。


 さすがに準決勝まで来れば、背番号で分かる観客も多いだろう。


 また、サイドラインに出てきた2人が揃って大きいということもある。


「おっ、篠倉と鹿海か。ということは、3トップの両端を変えてくるのかな?」



 ボールがスローインとなり、プレーが切れる。


 第四審がボードを掲げた。


 まずは5番・颯田の代わりに19番の篠倉が入る。


 長身の篠倉は基準点にもなりうるが、鹿海がいる場合は大体右サイドに入る。だから順当な交代と言えた。


「おぉっ!?」


 次に15番が出て、藤沖も夏木も思わず声をあげた。


「DFの武根を削って、前線を投入? どういう布陣になるんだ?」


 1番の鹿海が入って、前線へと走っていく。


「あぁ、瑞江が一列下がるのか。ということは、鈴原がアンカーに入って、陸平がバックに回る?」

「あるいは、中央は林崎さん1人のスリーバックでしょうか?」

「似たような布陣は深戸学院戦でも見たけれども、同点でこの布陣はリスキーじゃないかな……」


 深戸学院との試合は後半になっても追いかける展開であった。


 この試合は同点である。


 後ろを削ってまでして、前線を入れるべきとも思えない。


「でも、この方がウチにとっては厄介かもしれませんよ」


 夏木が散らばった布陣を見てつぶやいた。


「それは北日本からすると、守備が更に厳しくなるかもしれないけど」


 前半好プレーを繰り返した新条が高さに難がありそうだということはスタンドからも分かる。鹿海と篠倉という長身選手が入ることでバリエーションが増えるだろう。


 北日本が守りにくくなることは誰の目にも明らかだ。


 ただ、形勢として有利な中、守備の不安を作ってまでそこまでやる必要があるのかどうか。


「それもありますが、攻撃面でも難しくなるかもしれません。棚倉は今まで通り組織で止めて、七瀬へのパスを陸平君に任せるという形になりそうですから」



 果たして夏木の言う通り、プレーが再開されると陸平が七瀬の近くを動いている。


 マンマークに切り替えた、というわけではなさそうだ。ゾーンではあるものの、実質的に高踏サイドの中央を狙う者は七瀬しかいないから、陸平が察知する危険は七瀬に関するものとなる。


 一方、中盤で開いてボールをおさめる棚倉に対しては、中盤とサイドバックで止めるという形のようだ。ここは中盤から陸平が抜けた分、やや手薄となる。


 それは覚悟のうえということだろう。


「相手からボールを奪って、キープする時間を増やそうという狙いか。どこまでも強気だね」

「そうですね。前半を見ていると、ウチは終盤になると足が止まりそうですから、待っても構わないとも思いますが」

「ただ、攻め続けることで相手の疲労が早くなるかもしれない。リスクはあるけど、計算としては間違っていない。これが正しいのか、否かは……」


 この後の結果によって変わってくるのだろう。


 藤沖はその言葉を飲み込み、代わりにビールを飲みこんだ。

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