1月6日 15:29

「何か嫌なめぐりあわせだな……」


 陽人はベンチの前で呟いた。


 後半から高さを入れようと決めていたが、得点が入ったことで一旦取りやめた。相手の出方を待つことで交代枠を無駄にしないという意図があったが、その結果として後半早々、高さが欲しい場面に遭遇することになった。


「監督がそういうことを言うのはフラグじゃないか?」


 後田が苦笑したところで、審判の笛が鳴った。



 小切間がサイドラインから走り出し、エリアの中で選手達がポジションの奪い合いをする。


 小切間はボールを蹴らずに中に走った。


 となると、蹴るのは重谷だ、と壁が合わせた。重谷が走り出し、中へ送り込む。


 狙いはニアサイドの棚倉だが、競り合った林崎が跳ね返す。


 そのこぼれ球を園口が前に蹴り出した。


 カウンターを狙って立神に向かっていくが、これはさすがにあからさま過ぎる狙いだ。鋭く飛び出した佃がインターセプト、再度中へ放り込むが、これも真正直すぎるプレーだ。


 高踏陣営は一気に前に出てラインを押し上げ……


 ……られない。



 結菜が立ち上がった。


「あっ! 向こうで1人倒れている!」



 ファーサイドのポスト付近に1人倒れている。背番号15、武根だ。



 北日本短大付属の選手達も高踏のラインに合わせて動いていた。そのラインというのは前に出たラインだ。


 1人だけ、倒れている武根を最終ラインと考えて残っている者がいた。


 その1人、背番号17の七瀬は佃からのボールをトラップして、反転してシュートした。


 ゴールキーパーの須貝は武根を指さしている。「負傷者が出たから止めてくれ」という様子で、シュートを止める素振りもない。


 ボールはあっさりとサイドネットに突き刺さった。


 七瀬のシュートはコースもよく、仮に須貝が構えていても防げたかどうか分からないが。



 決めた七瀬は半信半疑という顔で、主審を見た。


 多分オフサイドか負傷でプレーが止まっているだろう。ただ、ひょっとしたらそうでないかもしれない。とりあえず決めておけ、そういう感覚で放ったシュートのようだ。


 主審はボールの行方を確認し、センタースポットを指さして走り出した。


 ゴールインだ。



「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 須貝が叫ぶが、判定は変わらない。



 スタンドも煙に巻かれた感じだ。


「何があったんだろう?」


 またまた携帯で確認する番だ。


 まずはキッカー側から見たリプレーだが、こちらだと密集地帯の向こう側で気づいたら武根が倒れている。


「これじゃ分からん」


 次に背後からのカメラでのリプレーだ。ファーサイド側を見ると、北日本で一番長身である斎藤と肩をぶつけあっている。


 ボールはニアサイドだが、斎藤も武根も飛び上がっている。


 その際に斎藤がやや押すような形になり、着地と同時に二歩突き進み、そこにゴールポストがあった。膝を強打したようでそのまま倒れてしまった。


 反対側のスタンドからのリプレーでも同じような状況。ちょっとした不運でポストにぶつかって、倒れてしまったようだ。


 いずれにしても、武根がその場で倒れてしまったためにオフサイドラインが移動しなかった。そのため、七瀬がオンサイドになってしまった。


「これはついてないけど、仕方ないかなぁ」


 審判が武根の負傷でプレーを止めるべきだったかという問題があるが、ファウルがあったわけではないし、ボールが跳ね返されたのでそちらも見なければいけない。武根がどういう経緯で倒れたのか、それがプレーを止めるほどのものだったのかという判断はつきにくい。


 更には高踏の園口が、プレーを続けてしまったこともある。自分達側の負傷者を無視して攻めようとしておいて、攻め込まれたから負傷者の存在をアピールするのはフェアとは言いづらい。


 もちろん、園口は武根が倒れていることに気づかなかったのだろうが。



 七瀬はゴールを認められても大きなリアクションは見せず、武根に近づいた。


「大丈夫か?」


 ほぼ同じ距離にいた須貝も不満げな顔をしながら、武根に近づく。


 ポストに強打した左足を負傷したのかと思ったが、武根は頭を押さえている。


「……滑って頭を打ってしまった」


「確かに頭から血が出ているな」


 とはいえ、膝のあたりは変色している。明らかに膝の方が負傷していそうだが、本人はどういう認識か頭の方が痛いらしい。


「すまん」


 それでも失点してしまったこと、それが自分が倒れたことによるもの、その二つは分かっているらしい。ガックリとした顔で頭を下げる。


「謝られても失点は返ってこないし、どうしようもない。続けられるのか?」


 須貝が重ねて尋ねてみたが、頭から結構血が流れている。


「どっちにしてもひとまず治療だな」


 須貝は両手をあげて、医療スタッフに来るようにアクションする。



 後半5分、スコアは1-1となった。





 作者注:作者が知っている似たようなシーンとしては2008年の欧州選手権イタリア対オランダ戦のオランダの先制点があります。この時は直前のプレーでキーパーと交錯した選手がゴールラインの後ろ側で倒れていました。


 ちなみに元祖ドリームチームだったレアル・マドリーがこの展開でオフサイドを取られて、倒れている選手に走り寄って「こいつがいるじゃないか!」と指差すという何だか笑えるシーンも昔ありました。

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