1月6日 15:24

 得点から程なく、前半終了の笛が吹かれた。


「うーん」


 スタンドの藤沖は腕組みをする。


「北日本、守備は良かったけれど、攻撃面があまりに機能していなかったんじゃないかな?」


 誰が見ても明らかなことを、口にする。


 シュート本数は高踏が15に対して、北日本は1だ。その1本にしても自陣からの超ロングシュートである。


 完全なワンサイドゲームであるし、この展開から後半引き戻せるような雰囲気にはとても見えない。


「そうですね。できるだけのことをしたつもりでしたが、高踏さんの方が上だったということですかね……」


 夏木が答える。さすがに味方が圧倒されていた様子を見ていただけに、声に元気はないが、といって落ち込んでいるというほどでもない。


「とはいえ、我々としてもここまで来られただけでも十分ではありますので、後半は悔いのないように戦うだけですよ」


 その言葉に偽りはないようで、夏木は特に控室にいるメンバーやスタッフに連絡をとる様子もない。ただ、何点か気になったところをメモしているだけであった。



 ハーフタイムの高踏の控室は落ち着いてはいるが、終了間際に点を取ったので、ムードはやや明るくなっている。


 ただ、陽人は「考えることが増えてしまった」という思いも抱いている。


「後半、ひとまず同じ形で臨む」


 まず結論から触れ、そこから理由を説明する。


「正直に言うと、後半の頭から優貴を入れようと思っていた。ただ、こちらに点が入ったことで後半、相手が動いてくる可能性がある」


 追いかける立場になった以上、北日本はメンバーを替えるなどにして攻撃的に来る可能性がある。そうなった時には稲城、颯田の守備力を捨てるのは惜しい。変に替えてしまって高さが生きなくなった場合、更に替えなければいけない。限られた交代枠はなるべくきちんと使いたい。


「ひとまず、今の形で行くことにする。そこからは雄大と相談するのだが……」


 陽人は頭をかいた。


「正直なところ、点差はともかくとして全国大会に来てから一番圧倒していただけに、ベンチとしては動きづらい……」

「確かに。以前に対戦経験があるから警戒しているのだろうけど、警戒しすぎて、自分達が何もしないって感じになっているよね」


 陸平が首を傾げる。


「ただ、前半は死んだふりをしている可能性もある。もちろん油断は禁物だけどね」


 そこまで言ってから、はたと思い出したように言う。


「あと、あれだね。彼らは僕が持っている時に修正したり、周りとの距離感を測ったりしているね」

「俺もそれは気づいた」

「ま、僕は前には出さないからね。とはいえ、決めつけられるのも面白くないから深戸戦みたいに、一回ダメ元で出してみようか?」


 県予選準決勝では、一度だけ稲城へのロングフィードを試みている。


「そこは任せる」

「じゃ、最初のプレーだけ前に出してみるよ。フォローは大地に任せる」

「分かった」



 細かいやりとりはそのくらいである。


「開始直後の交代はしないけれど、早い段階で優貴と純は入れるつもりでいる。その後は15分過ぎに真治を入れる形かな。他はいつも通り疲れたなら申し出てくれたら、交代していくつもりだ」


 陽人の言葉に、瑞江が応じる。


「でも、全国大会の準決勝まで来ているし、むしろ交代したくないのが多いんじゃないか? 陽人が見極めた方が良いと思うが」

「もちろん、明らかに足に来ていそうなら、こちらから交代するよ。ただ、そうなる前くらいで気づいたら、準備時間もあるし、早い方が良い」

「「おう」」

「残り45分。未知の領域ではあるけれど、向こうも多分同じだろうし、深く考えすぎずに行こう」


 陽人はそう言ってミーティングを締める。



 選手が次々と出て行き、陽人は松葉づえをついてゆっくり歩く後田と並行して歩く。


「何で全国大会まで来て、腕を鍛えているんだろうなぁ、俺は」


 松葉づえで歩き続けると結構腕の鍛錬にはなる。


 もちろん、現代では上体の強さも重要になっているが、それでもサッカー選手ならまず足である。なのに腕ばかり鍛えている自分に自嘲したくなる。


「二週間ほど使わないとなると、足の筋肉も弱くなるからしばらくはバランストレーニングも必要そうだしな」

「……全くだ。しばらく逆立ちして腕が足です、とでも主張してみようか」

「止めはしない。陽人の責任でやってくれ」

「……この薄情者がぁ」


 軽口をたたき合ってベンチに戻ってきた。


 既にサイドラインに北日本短大付属の選手が2人立っている。


「15番の小切間と17番の七瀬、どっちも前めの選手だな」


 後田がメモを調べて言う。


「七瀬は練習試合でも出ていたよな。達樹は背番号7で七瀬かって言っていたあいつだ」

「どんな選手だったっけ?」

「いや、正直下がる方しか覚えていない」


 20番の下橋拓斗は8月の練習試合でハットトリックを決めていたが、この前半はひたすら守備に奔走していた。


 その下橋に変わって七瀬が入り、前半、唯一のシュートを打った7番の筑下に変わって小切間が入る。



 どう変わるのかは分からないが、少なくとも前半のような守勢一辺倒を続けるつもりはないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る