1月6日 15:02

 ベンチの陽人も時計を見た。


 前半32分を回っている。


 北日本のシュートは筑下の狙ったロングシュートのみ。高踏は、数えてはいないが10本以上は打っている。


 試合開始直後と比べるとかなりチャンスを作れてはいるが、最終局面でフリーなスペースを確保できていない。そのためシュートが苦しくなり、キーパー新条の届く範囲に行ってしまう。


 仮に失点したとしても前半では動かないと決めている陽人であるが、後半に向けてどうするか。


「相手のゴールキーパーは高さには難があるよなぁ……」


 北日本のゴールキーパー・新条功は瑞江の会心のダイビングヘッドを至近距離から弾き出すなど、反応速度には特筆すべきものがある。おまけにそのシュートストップで気分的にもノッテいるようで、積極的に溌溂とプレーしている。


 ただし、そのダイビングヘッド前の立神のフリーキックはあっさり見逃していたし、ハイボールは苦手のようだ。高踏の前線に長身の選手がいないこともあって、こちらもハイボールを使っていないが。


「途中でも言ったけれど、これをどうするか、だよなぁ」


 ベンチには鹿海優貴と篠倉純の2人が控えている。


 この高さのある2人を起用すれば、新条により強いプレッシャーを与えられるだろう。



 しかし、一方でここまで攻め込めているのは今の布陣が機能しているからである。


 こうした試合になると打開力の無さが浮き彫りになる両ウィングの稲城希仁と颯田五樹は前線からの早い守備という強烈な武器がある。この前半がほぼ北日本陣営で進められているのは稲城と颯田が早い段階から封じ込めているからだ。


 攻めの最終局面を何とかしようとして変えた結果、逆に攻められなくなったり、相手に反撃の糸口を与えてしまったりしては元も子もない。


「日本代表監督も同じ悩みを抱えているんじゃないか」

「ハハハ……」


 後田の軽口に力なく笑う。


 確かに、陽人も日本代表の試合を観て、「パス回しているだけじゃないか。もっと攻める策を取れよ」と思ったことはある。パスは回るが、最後がどうにもならない。


 外から見ると不甲斐ないが、中には中の理由があるようだ。


 このままのリズムで攻め続けるか、あるいはリズムが変わるリスクを冒しても変化をつけて相手の弱点を狙いに行くか。


「どうする?」


 後田に尋ねてみた。


「俺なら、もう少し様子を見るかなぁ」

「その方が賢いのかもしれないが、俺達は今まで色々挑戦してきてここまで来たからな。多少は強くなったと思うが全国四位の実力があって準決勝にいるわけではないはずだ。なのに『このままでもいい』と止まってしまうと進歩がなくなるんじゃないかと思う」

「ということは変えるのか?」

「結果はともかく、変えた方が今後に向けての課題は出て来るだろう」


 後田も頷いた。


「陽人がそう思うのなら、それがいいんじゃないか?」


 陽人は振り返って、篠倉と鹿海に後半に向けて準備をするように指示を出す。


 それを受けて、2人がトラックで準備運動を始めた。



 好事魔多し。



 40分を過ぎると、形勢は更に高踏へと傾いた。


 大会では体験したことのない時間帯、疲労度が更に増してくる時間帯。


 攻め疲れと守り疲れ。


 どうやら守り疲れの方が先に出て来たようだ。



 ボールが左サイドに出た。


「おぉっ?」


 この時間帯、瑞江が左側に開いていた。


 そこまで開くとさすがにディフェンダーが何人もついていくわけにはいかない。少しだけフリーでボールを受ける。


 サイドで1人かわして、エリア内に切れ込むとゴールライン付近を進む。


 4番の平と5番の大瀬戸がつくが、どちらも飛び込む勇気はない。疲れを自覚して飛び込むのが遅れるのを恐れているのだろう。先ほど、エリア内で限りなくファウルに近いプレーを見逃してもらっていることもある。次にやったら、文句なしにPKになるという意識もあるはずだ。


 ギリギリまでひきつけて、瑞江はロブボールをあげた。


 中央に入っていた稲城がフリーで飛び込む。ヘディングの経験はさほどないが、運動能力の高い稲城なら、目の距離から近いヘディングは容易だ。



『瑞江のクロスに、飛び込んだ稲城がヘッドォー! しかしキーパー防いだぁ!』



 が、さすがにコースまでは徹底しきれない。やや甘めのコースだったので新条が弾くが、威力が強いこともあってか外には出せない。


『こぼれたところに17番の芦ケ原―!』


 芦ケ原がすぐに反応してシュートを打つ。打ったと同時に本人も手をあげようとしたが。


『これはポスト! またポスト!』


 右のポストに当たったシュートが、そのままゴールラインを進み左のポストに当たって更に戻ってくる。狙っても出来ないようなシュートだ。


 ボールが跳ね返ったところに稲城が再度詰めようとするが、ここに大瀬戸が飛び込んでボールが再度エリア内を転がる。


 左側のエリアから走り込んだのは瑞江だ。


 得意の左ではなく、右足でシュートを打った。ためにやや勢いのないシュートに新条が飛び込むが、ボールはその先を通っていく。


『入りました! 高踏高校、波状攻撃からエース・瑞江の大会8点目のゴールで遂に先制! 強固な新条の壁を遂に、打ち破りました!』



 貴重な先制点。


 であると同時に積極策を消極策へと引き戻す1点ともなった。

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