1月6日 14:50
危うく失点するピンチを切り抜け、ボールは再び北日本陣内を回ることになる。
「審判もまさかいきなり高踏ゴール前にボールが行くなんて思っていなかったでしょうからね」
ボールはほぼ北日本陣内を動いている。主審ももちろん、副審もプレーが起こりそうな側にいるのであって、いきなり高踏側のゴールライン上のプレーが要求されるとはさすがに思わなかっただろう。
「筑下の狙いは良かったですが……。おっ?」
ボールを受けた鈴原が筑下をかわした。
パスで相手を崩す鈴原がドリブルでかわすのは珍しいが、先程かわされたお返しなのかもしれない。
鈴原の前にスペースが空いた。そのままドリブルでエリアの端に切れ込み、瑞江を狙うがマークが厳しい。出しそびれたところに左サイドバックの佃が詰めてきた。
鈴原は瑞江を諦めて、ボールを下げたが、佃はそのまま足を振ってしまった。
「あー、蹴った!」
結菜が叫ぶ。鈴原が蹴られて倒れてしまった。
下げたボールを立神が受け、一瞬主審を見た。
主審の反応はない。立神はすぐに颯田に出す。折り返そうとしたが新条に取られた。
「うわー、今のはPKじゃないの?」
結菜が悔しそうに天を仰ぐ。
藤沖は携帯でテレビのリプレーも観て首をひねって、夏木を向いた。夏木も苦笑しながら答える。
「……私が主審ならPKをとるでしょうね」
「今のは結構近くで見ていたよね。さっきの筑下のシュートとイーブンって扱いなのかな」
「むむぅ」
結菜が頬を膨らませる。
主審が一方に対して大きな損を与えてしまった場合、イーブンにするために損した側に有利なジャッジをする。
実際には禁止されている。
何故なら、最初のジャッジに続くジャッジで2度のミスジャッジを犯したことになるからだ。
しかし、故意か無意識かは別にして、そのように受け止められるようなジャッジを審判がする時は時々ある。
「ひょっとしたら北日本のゴールを無視してしまったかもしれない」という主審の不安が、高踏のPKだろうというシーンを帳消しにしてしまったのかもしれない。
確証はない。外野からは審判の心境は分からないし、審判がそう思ったわけではないのかもしれない。単なるミスかもしれないし、あるいは審判には「ファウルはない」と見えたのかもしれない。
「どちらでもいいけど、審判が目立つのは勘弁してほしいなぁ」
ただ、こういう微妙なジャッジが増えると試合後にサッカーの内容ではなく、審判の判定が語られることになるかもしれない。もっと酷い展開として、ピッチ上の選手が審判の判定を信用できなくなってフラストレーションを溜め、試合そのものが荒れてしまう可能性がある。
「特にこちらはボールもほとんど持てないわけですので、フラストレーションを溜めてしまうとまずいですね」
夏木の言う通り、北日本はほとんどボールを持てていない。おまけに「ひょっとしたらゴールでは」というのを見過ごされたから、イライラが募っている可能性はある。
「……一応、2回ほど寺で瞑想をしていたので大丈夫だろうと思いますが」
「瞑想をしていたんですか」
藤沖と結菜がそろって目を丸くした。
「えぇ、近くの寺に聞いてみたら、快く引き受けてくれたので2回行いました。効果は分かりませんが、この試合以降にも影響するでしょうし、取材を断る理由にもなりましたから色々有意義だったと思います」
「うわー、高踏もマッサージよりそっちの方が良かったかも。試合の後も瞑想やれば絶対に効果がありそう。メモしておかないと」
結菜はメモをしているが、藤沖は取材を断ったというのが気になったらしい。
「そういえば、高踏と北日本はあの大会アイドルのインタビューがなかったね」
「佐久間サラちゃんは大会アイドルではなく、大会マネージャーです」
結菜がツッコミを入れる。
「似たようなものじゃないか」
「私はホテルに残っていたので選手の代わりにインタビューを受けたんですけどね。残念ながら、そちらはテレビで流されませんでした」
結菜と藤沖のやりあいを他所に夏木が笑う。
「練習風景も映せずにコーチのインタビューだけ流しても仕方ないですしねぇ」
「まあ、そもそも彼女とは試合の話なんて全然しませんでしたが」
「……えっ? じゃ、何を話したんですか?」
「中学2年の弟が越境入学したいらしくて北日本の環境やら何やら色々質問されましたね」
夏木の言葉に2人だけでなく、我妻と辻も目を驚いた。
「越境入学?」
「そうです。一応、三回戦くらいまで残ったところは全校聞いて回って、パンフレットも貰っている、と言っていましたね」
「そうなんですね」
結菜はなるほどと頷いた。
「高踏は公立だから、越境入学をできないから聞いていないんでしょうね」
今度は夏木が首を傾げる。
「高踏には取材を断られたと言っていましたよ?」
「えっ、そうなんですか?」
不思議そうな結菜に我妻が答える。
「真田先生に色々突っ込まれると面倒だと思ったんじゃない?」
「あぁ、確かに」
「それはそうだ」
スタンドの一角は呉越同舟状態だが、真田のことに関しては完全に見解の一致を見る。
そうこう話をしているうちに前半30分を過ぎた。
依然、スコアは動かない。
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