1月6日 14:41

 ゴールキーパー新条のセービングがあって以降も展開は変わらない。


 高踏が攻め、北日本が守る。


 そんな展開が20分まで続く。



 両軍ベンチは特に動きがない。


 北日本短大付属監督の峰木は座ったままで、高踏ベンチの前で陽人は立っているがテクニカルエリアに近づくことはない。


「天宮君がどうかは分からないですが、正直、峰木監督は今後のことにかなり頭の痛い思いをしていると思います」


 夏木が言う。


「準決勝は前後半が45分。たかが5分ではありますが、されど5分です。ここまでの試合で40分間に全力を出し切る習慣がついていますから、この延びた5分がどう影響してくるか」


 思い起こされるのは準々決勝の弘陽学館である。


 疲労が増えてきた時間帯にチーム全体が落胆してしまったことで一気に瓦解し、短時間で大量失点を食らってしまった。


 前後半で10分の時間延長に、心身双方を整え続けるのは至難である。ちょっとしたことで2点、3点と入るかもしれない。


「だから交代枠の使い切りが難しい」


 今までとは勝手が違うから、最後10分で体力を完全に使い切る選手が出て来るかもしれない。それに備えて1枠2枠を残しておく必要がある。


「この点では、高踏の方が有利とは言えるのかな」


 高踏は主力を出しているから、戸狩と久村を入れる以外に敢えて変えるところがない。その分、枠を残しておくことができるが。


「ただ、一年だから体力的に限界があるかな」



「時間はあまり心配ないと思いますよ」


 藤沖の思案に結菜が答える。


「そう? 日頃から45分を意識した練習をしていたんだっけ?」


 サッカーの意識づけをするという点から、45分単位での練習メニューを組むということは結構多い。


 高踏もそうしていただろうか。練習自体はあまり見ていない藤沖は首を傾げるが、結菜が明快に否定する。


「練習は違いますけど、授業時間は45分とロスタイムくらいじゃないですか」


 授業時間は50分。この時間をきっちり集中していれば、サッカーの前後半にロスタイムまで加えた部分のシミュレーションになる。しかも、それが一日に4回から6回もある。


「颯田さんと道明寺さんは成績が悪いですけど、他はみんな授業をきちんと受けていますし、45分だから急にきつくなるということはないと思います」


 我妻と辻も頷いている一方、藤沖と夏木は互いに顔を見合わせた。


「……公立校マウント、強烈だね……」

「そうですね……」



 その間もピッチ上で試合は続いている。


 20分を過ぎ、高踏はやや苦しい形ながらシュートが見られるようになってきた。特に両ウィングの稲城と颯田は、サイドへの意識付けもしたいのか積極的にシュートを放つ。


 それに対して、北日本短大付属はほとんどボール保持が出来ない。


 どうしても陸平を越えることができない。


 7番の筑下がボールを受けた。北日本の選手の中でもっともテクニックがあるとの評価がある選手だ。


 独力でプレスをかいくぐるだけの力はないが、ここではチェックに来た鈴原をドリブルでかわした、続いて颯田がやってくるがチェックがあまりに直線的だ。これも素早い身のこなしでかわす。


 少しだけ時間が出来た。


 筑下は顔を動かさないが、周囲は確認したらしい。ちょっとだけボールを出して思い切り蹴り込んだ。


「いや、いくら何でもこれだけ強いボールだと走れない……って、狙ったのか!?」


 自陣から60メートル以上ある距離だが、筑下のロングキックは伸びる。ひょっとしたら風を受けているのかというくらい伸びる。



 高踏のゴールキーパー・須貝康太はディフェンス面で高い評価を受けている。


 反面、攻撃面では1番鹿海ほどのテクニックはないし、スピードもない。ディフェンスラインとキーパーの間を狙われた時、鹿海ほどには前に出られない。


 そのためもあってか若干前に出ていた。慌ててゴールに戻ろうとするが、鹿海と比べると如実に遅い。


「まさか」が実現するのか、観客がボールの行方を見守る。


 頭を越えたボールがペナルティエリア内でバウンドした。すぐ後ろまで追いかけてきた須貝をあざ笑うかのように前に伸びる。


「うわー、やられた!」


 辻佳彰が叫び、結菜と我妻も頭を抱える。


 ワンバウンド目は伸びたが、次のバウンドは鈍い。国立が使われるのは初めてだが、寒い中でピッチ状態は良好とは言い難い。また、準決勝二試合目ということもあり、若干の凸凹もあるのだろう。


 固唾を飲んで見守る観衆に悪戯でもしているかのように、バウンドは気まぐれだ。


 ボールがゴールラインに掛かった。


 一瞬後に須貝がボールを押さえ、すぐに立ち上がるとボールを思い切り蹴り込んだ。何か考えがあってのキックではない。「これはまずい」と主審の目をそらすかのようなプレーにも見える。



「入った!」


 筑下と、近くにいた重谷が叫ぶ。


 主審は副審を見た。副審は、ハーフウェーラインに走っている。


 ノーゴールだ。



「やれやれ、またテレビ頼みだ」


 藤沖がテレビ画面に視線を向ける。


 高校サッカーの準決勝なので設置カメラは多くない。


 それでも三か所くらいからリプレーが映る。


「うーん、入っていると言われても仕方ないかも?」


 越えているとも、越えていないとも言える。ゴールの真上にカメラがあれば別だろうが、どうしても角度が違うから断言はできない。


 はっきり分かるのは越えそうな瞬間があり、ほぼ同じくして須貝がボールを押し返したことである。何十分の一秒の精度が要求される世界だ。


「正直、審判も確証あってのことではないだろうけれど……」


 高校サッカーにはビデオ判定はない。だから、確認の術がないし、確認したとしてもこれでは分からない。


「0-0で、これを認めて試合の流れがガラッと変わるよりはノーゴールの方が心理的には楽だろうね。ギリギリのシーンが続くなぁ……」


 藤沖は手をあげた。気分晴らしにビールを飲むようだ。

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