1月6日 14:35

 ゴール前からのフリーキック。


 当然、ボールの前には背番号11立神翔馬が立つ。一応、左で園口耀太も立つが、壁に入る選手が見ているのは立神だけだ。園口が蹴るだろうと予測する向きは一人もいない。


「角度的には左でしょうけれど、ここは立神君でしょうね」


 夏木もそう予想しているし、藤沖も結菜も立神だろうと考えている。


「準々決勝を見て気づきましたが、彼は一回ゴールから目線を切るんですよね。セオリーには反していますけれど、相手ゴールキーパーからしても、キッカーがこちらを見ないのは勘を働かせようがなくて嫌なものだと思いますよ」



 主審が笛を吹いた。


 立神が下がり、斜め後ろを向いた。いつものルーティンである。


 スタンドが静まり返る。


 反転してボールに走り出す。


 距離が近いから回転をかけたボールだ。


 ゴールキーパーの新条は一歩左に動いて足を止めた。


 ボールが高いと見たのだろう。しかし、そこから急激に落ちる。


 金属音が高く響いた。クロスバーに直撃したボールがゴール前に落ちる。


 そこに瑞江が走り込んでいた。ボールに向かって飛び込んでヘディングする。


「おぉーっ!」


 一斉に立ち上がった面々が次の瞬間、ボールが何かに跳ね返ってクロスバーを超えたのを見て「うわーっ!?」と頭を抱えた。



「何、今の!? キーパーが止めたの!?」


 藤沖が慌てて携帯画面に目を向ける。テレビ放映の録画をアテにしているらしい。実際にすぐにリプレーが映される。


 立神のフリーキックを見送った新条が瑞江に気づいて前に出る。


 ボールが跳ね返ったところに瑞江が3メートルほぼ飛び込み、ゴールライン上でダイビングヘッドを敢行した。


 僅か2メートルほど前にいた新条が一瞬で右手を動かし、パンチング一発で枠の上にボールを弾き飛ばした。


 フォワードもゴールキーパーも飛び上がっている、一瞬の空中での駆け引き。


 いや、一瞬にすら満たないだろう。


 確かに瑞江のシュートは新条の腕から近い場所に飛んだ。しかし、至近距離すぎて反応するのが難しい。しかも反応するだけでなく枠外まで弾き出した。



 ディフェンダー達が一斉に新条に駆け寄り、「ナイスセーブ!」と荒々しく祝福している。


 立ち上がった瑞江もさすがに驚きを隠さず、新条に問いかける。


「今のシュート、見えたんですか?」


 新条はチラッと瑞江を見た後、首を傾げた。


「……フリーキックが飛んでも間に合わないのは分かった。後は覚えてない」

「わあお」


 瑞江は肩をすくめた。



 フリーキックの軌道が鋭く、間に合わないと判断したところに瑞江が視界に入った。


 クロスバーに当たって跳ね返ったボールが瑞江のところに来る、などとは思わなかっただろう。しかし、最も警戒しなければいけない選手が視界に入った以上、コースを狭めなければならない。



「凄い反射神経だね。ペレのヘディングシュートをゴードン・バンクスが止めたシーンなんかを思い出すよ」


 藤沖の話に、全員が「えっ」と驚く。


「藤沖先生……その時代、生まれてないですよね?」


 サッカー史上、もっとも偉大なゴールキーパーの1人に上げられるバンクスがペレのシュートを止めたのは1970年のこと、今から半世紀以上前の話である。40代の藤沖がさも見てきたかのように言うのはおかしい。


「生まれてないけど、そんな話があるからね。僕が見た中では、史上稀に見る理解不能なセーブだ」

「確かに今まで見た中で一番凄いセーブですね。新条さんって特に名前は聞いてないですけれど」

「新条は身長も180ないですしキック精度も平凡ですからね。北日本ではナンバーワンキーパーですが、全国レベルではないですよね。ただ、反射神経は良いですね」

「良いなんてものじゃないですよ」



 余韻が冷めやらぬ中、コーナーポストに立神が走っていく。


 一転してエリア内ではポジションの奪い合いが始まる。


 立神は大きく下がって、付近に誰もいないのを見て近くの園口に軽く出した。


「ショートコーナー!」


 園口からのリターンを受けて、立神が左サイドの奥を中へと切り込む。


 ペナルティエリア内、迂闊な動きはPKに繋がりうる。相手を呼び込もうとするが、正面にいるCBの平はシュートコースを開けないように慎重に下がりつつ、プレーを遅らせる。


 立神が園口に下げて、園口が中に折り返した。


 芦ケ原がシュートを打ったが、これはDFに当たって跳ね返された。


 セットプレーからシュート2本を集めたが、得点には至らない。



 前半15分、スコアは0-0のままだ。




作者注:歴史的セーブというとバンクスの方が有名ですが、ベルンの奇跡の時にヒデクチ・ナンドールのシュートをトニー・トゥレクが横っ飛び一閃で防いだイメージです。

 時代が時代なのでもっさりしていますし、今だったらキーパーがクロスそのものを防いでいそうですが、カッコいいシーンだったので現代でもありえそうなシーンに替えてみました(笑

 尚、作者も藤沖同様に、ベルンの奇跡の時はもちろんバンクスとペレの時にも生まれていません(笑)

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