1月6日 14:32
前半8分を過ぎて、動きはない。
ベンチの前で立っている陽人に、後田が渋い顔で話しかける。
「大分研究されている感はあるな。達樹にボールが回らない」
ここまで瑞江はボールを受けることはできているが、そこからの展開ができていない。
深戸学院と似てはいるが、違う点は、前後から挟み込むような形ではなく、瑞江の前への対策が厚いことだ。更には最終的にボール奪取を狙っていたことに対して、北日本はボールを奪うより危険なスペースのケアを優先している。
ボール支配は圧倒的にこちらだが、チャンスが作れない。
「始まったばかりだし、慌てていても仕方がない」
陽人は一度松葉づえを立てかけてベンチに座った。
ここ二日で痛みの度合いは正直変わらない。座っていても立っていてもジンジンとした痛みは続いている。
「ベンチが慌てていると中も慌ててしまう。30分くらいまではじっくりと見て観察するしかない」
「ま、それもそうなんだが……」
控え組が出た二回戦と準々決勝はともかく、一回戦と三回戦はあまり苦しむことなく勝てていた。そのため、後田も若干楽観視していたところがある。点が取れないにしても、主導権は握れるだろうと。
現状、主導権を握っているのはどちらか。
ボールキープ率は圧倒的に高踏だ。支配率は80パーセントを超えているかもしれない。ただ、北日本は元々ボールを持とうという意思がない。高踏に決定的なシーンを作らせなければよいくらいに考えていそうだ。
そういう点では、主導権は北日本にあるとも言える。
「以前、練習試合をしていたこともあるから、彼らはこちらのやり方をよく知っている。今のままだと我慢比べが続きそうだ」
システムで、事前のプランで崩すということは難しい。
動くことがあるとすれば、大きなミスか、個人のスーパープレーか。
「ここまでを考えてみると、このチームに大きな修正を加えたことは少ない。深戸戦で真治を入れて、二列目を強化した試合くらいだろう。ただ、この調子だとそれも対策をしている、というよりこのやり方である程度防げるところはある」
危険なスペースを優先して潰していくというやり方であれば、ポジションを強化したからといって大きく変わるわけではない。
「パッと見で分かる替え方としては、サイドから高さを生かす」
現在、両サイドとも中に切れ込まない限りは自由に使えている。これは稲城と颯田の個人技がそれほど怖くないということがあるし、中にいる瑞江も含めて高さのある選手がいないこともある。仮にクロスボールを送られても余程のピンポイントでなければ中で跳ね返せるという方針だ。
となれば、中央に篠倉か鹿海を入れるという手はある。
「前の試合を観る限り、優貴はラッキーボーイ的なところもあるし、どこかのタイミングでは入れることも必要だろうが、とはいえ今ではない」
「まあ、確かに」
「何か動きがあるまで、こちらも動きようがない。静観だな」
少なくともピンチは作られていない。
ベンチが慌ただしく動く展開ではない。
うまく行っていないという思いなのは高踏だけではない。
「いや~、予想以上にボールが取れませんね」
と溜息をついているのは、スタンドの夏木である。
「陸平君が守備のために難しいパスを出さないということは理解していましたが、その分しっかりと守られています」
という評価の通り、北日本側がパスを狙った時、その位置にはほぼ陸平がいる。そこからまた攻められて、どうにかキープできてもまた取られて、の繰り返しだ。
周囲はそれぞれ唸っている。
状況をどう評価すべきか難しい。
「漫然と攻めているわけではないけれども、攻め疲れが出て来るのではないかと思える反面、これだけ守備一辺倒に立つとどこかでミスが出るかもしれないからなぁ」
「そうですね。頼みの棚倉にボールが繋がりません」
北日本の1トップの棚倉は、これまでボールをどうにかおさめて、時間稼ぎをする役割を果たしていた。
棚倉が生命線というのは一試合でも見たものならば分かる。彼と一部選手で少しずつ自分達の呼吸できる場所を作っていき、それを次第に広げていくというのが北日本のおおまかな戦略だろう。
その棚倉までボールが行かない。
届く前に陸平がカットしているし、武根もしっかりついているのでボールを収められるのかも怪しいところだ。
攻め続けるのも疲れるが、跳ね返せる見込みがないまま、ひたすら耐え続けるのも辛い。
「辛抱比べかなぁ」
と思われた時、小さく動く要素が出た。
ゴール正面やや右寄りの位置で瑞江が1人かわしに向かったところで足がかかる。
主審の笛が鳴った。瑞江は試しにすぐにセットしようとしてみるが、さすがに弘陽学館戦のことがあるので、北日本は集中を切らさないところで主審が再度の笛を吹いた。
プレーが止まった。
フリーキックだ。
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