1月6日 14:23

 メンバー発表が終わり、結菜は照らし合わせる。


「佃さんはFW登録ですが、この試合はDF?」

「佃は本来左ウィングなんだけどね。どうせサイドバックくらいの位置まで下がるだろうから、DF登録でいいだろうと」


 夏木が説明をくれた。


 それだけ押し込まれる、ということを予想しているらしい。


「それにしても5バックというのはまた随分守備的だね。僕らが学生時代の頃は、3バックのチームが押し込まれると5バックになるみたいに批判的に言われたものだけれど」

「いわゆるアンチフットボール的なやり方ではありますね」


 藤沖の5バックに対する意見に、夏木が自嘲気味に笑う。


 徹底的に守りまくり、1点を取って勝つ。


 そんなやり方は時にアンチフットボールと呼ばれることもある。フットボールの面白さを破壊するような行為、ということだ。


「面白くないことは否定しませんが、同じことをしているだけでは資金力のある学校には勝てませんからね。もちろん、高踏さんみたいな大胆なことができれば良かったのですが、さすがに私達には無理でした」

「分かるよ。僕だって、天宮君みたいなことはできない。あんなやり方で失敗したら、笑いものになるだけだからね」


 藤沖も指導者同士、分かるところはあるようだ。



 選手が入ってきて、大歓声が起きる。


 その後ろから陽人が今日も松葉づえをついて入ってきた。これも観客の大半は分かっているようで、大きな拍手が沸き起こる。


「あれ、真田先輩がいないですね」


 夏木の言葉で、彼が真田の後輩であるということを再確認するとともに、真相が高踏以外のところには知られていないことを思い出した。


「プレッシャーが凄すぎて胃潰瘍が出来たらしいからね」


 藤沖は適当に誤魔化すようなことを言った。夏木が信用できないわけではないが、あまり外に広めない方が良いという判断をしたようだ。


 理由が納得できないようで夏木は首を傾げる。


「えぇ、先輩でもそんなプレッシャーを感じるんですか? むしろ、これ以上ただ働きは勘弁だと愛知に帰ったんだと思いましたけど」

「家のプレッシャーだよ。手当は出ているらしい」

「あぁ、そっちなら何となく分かります」


 2人のやりとりに、中学生三人は思わず噴き出した。


 とてもではないが、全国大会準決勝まで進出した監督に対するやりとりではない。




 キックオフは高踏だ。


 定刻、笛とともに、颯田が後ろに下げる。


 いつも通り、まずはショートパスを繋いでいく。全員に回しているところを見るとピッチ状態も確認しているようだ。


 北日本はすっと下がっていき、低い位置で待ち受けるような構えには見える。真ん中を超えてもまだプレスをかけにいくことはなく、マークの受け渡しとスペースの受け渡しを続けて待ち受けている。


 開始2分を北日本は一度もボールに触らないまま経過する。



「高踏高校のトップチームは非常に優れているのですが、私は一か所、息をつけるところがあると思っています」

「ほう?」


 ボール支配は完全に高踏だが、夏木の言う通り、北日本も乱れるところはないようだ。


「キーになるパスを出すのは鈴原君と林崎君の2人。本来、一番出て来そうな陸平君のところからはまず出てきません。出せないというのではなく、ボールロスト時の計算をしているのだろうと思いますが」

「……確かにそうだ」


 陸平はショートパスを確実に繋ぐが、スルーパスや勝負をかけるパスを出すことはない。


 夏木の言う通り、出せないということはないだろう。ただ、勝負に出てそこでボールを取られた場合、対応がコンマ何秒遅れてしまう。


 その守備の穴を空けないように、さっさと近くの味方に渡して、次のパスから至る展開に備えることになる。


 だから高踏がボールを失っても、陸平がすぐカバーできるのであるが、裏返すと、陸平はボールを失わない代わりに危険なプレーは仕掛けてこない。


 なるほど、確かに陸平に渡りそうなタイミングで、北日本は布陣を修正している。


 藤沖は舌を巻いた。


「これは言うだけではできないね。練習で工夫してきたんだろうね」

「そうですね。16人側の中央にいる2人にはショートパスを出すように指示し、無意識で息をつけるようにしてきました。これで陸平君がスルーパスを出してくると大変ですが、そうなると」


 リスクのあるプレーを陸平が実行すれば、そこからカウンターのチャンスが生まれる可能性がある。



 そのうえで、北日本は5人もディフェンダーを置いているのに両サイドの縦を自由にやらせる方針に見える。これは県予選準決勝で深戸学院も取ってきた手で、稲城、颯田が攻撃の局面では決定的なプレーが少ないことを見越したものだろう。


 その分を瑞江、あるいは両サイドバックの立神、園口に向けている。ただ、マンツーマンではなく、あくまでスペース優先、突破されても次のスペースを埋めて好き勝手にさせないようにしている。



 前半3分、高踏がボールキープをしつづけているが、シュートも切りこむシーンもない。


 初戦、三回戦と高踏のレギュラー組は相手を圧倒してきたが、この試合ではそこまで持っていくことは難しそうだ。

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