1月6日 11:30
1月6日。
「遂に東京までやってきたねぇ」
国立競技場を見上げて、藤沖が溜息をついた。
「普通に通過したり、歩いたりはしていますけどね」
風情のない答えをしたのは結菜だ。
実際、昨日も気分転換で渋谷まで出かけて、ショッピングをしたり、スイーツを食べたりしていた。
「いや~、しかし、一週間以上いることになるとは思いませんでしたけれど」
会場の入りも準決勝ということもあってか、早い。
「昔は、朝から行列を作って並んでいたものだけどね」
藤沖が昔を懐かしむように言う。
「今はネットで購入できるから便利だよね~」
「買占めなんかも凄いという話ですけどね」
「全くだよ。ハハハ」
ちなみに四人とも、一回戦からすべて指定席チケットを購入している。
藤沖は名目のうえでは今年度いっぱいは高踏高校サッカー部関係者ではある。だから、応援団が陣取る関係者席に入ることもできるのだが、そうなるとその試合しか観戦できない。それでは面白くないと初戦からチケットを購入しており、この日もそうであった。
その関係者席。
高踏高校は初戦こそ「我が校が全国大会に出るなんて!」と大入りだったが、そこから先は減る一方である。学生は勉強があるし、OBとOGは、年初めも終わり駆けつける余裕もないからだ。
減っているのは応援団だけではない。
これまでの試合には来ていた中学生組の浅川光琴も、五日からチーム活動があるということで神戸に帰ってしまっていた。
「チームも兄さんはもう出場できないし、日程が進めば進むほど傷つき倒れていくような状況よねぇ」
結菜の言葉はややオーバーではあるが、全く的外れではない。
「おーい!」
スタンドに入ったところで不意に声がかけられた。
最初は近くの別の人を呼んだのだろうと思ったが、続いて声をかけられる。
「高踏のスタッフさーん!」
となると、自分達しかいない。四人が振り返り、上の方を見て相手を確認した辻佳彰が思わず大声をあげた。
「おぉっ! 北日本のコーチの人だ!」
「あっ、本当だ。夏木さんだっけ」
8月の練習試合でBチームの監督を務めていた夏木裕則である。
まさかこんなとこるにいるとは。再会したというよりそちらの心情の方が大きい。
「ベンチにはいないんですか?」
Bチームとはいえ監督をしていたのだから、登録5人の役員に入っていても不思議ではないのではないか。
夏木は入っていないよと一笑にふす。
「チームは峰木監督がいるからね。俯瞰的な立場からチームを見渡して、必要な情報を伝えるようにしている」
そう言って、夏木はコンパクトカメラのようなものを取り出した。
「高踏さんほどではないけど、我々もきちんと試合を記録するようになっているので。平成のサッカーから卒業して令和のサッカーに進歩したというわけさ」
夏木の席は割と近いところにある。
通路に面した便利な席なので隣の人に席の交換を申し出たところ、すんなりと了承を得た。夏木が藤沖の隣にすわり、呉越同舟という状況となる。
「いやいや、しかし、ここまで来て再戦するとは思いませんでした」
という結菜の言葉に夏木はニッと笑う。
「ウチは再戦を想定して練習していましたよ」
「本当ですか!?」
「少なくとも、こういうチームに勝てないと全国上位はもちろん、他チームにも足元を掬われるという危機感はありましたね」
「そうだったんですか」
まさか目標にされていたとは。意外な言葉に結菜達は言葉を失う。
「ちなみに、それでどういう対策をしていました?」
藤沖が抜け目なく聞いてくる。
既に両チームは控室にいるだろうし、今から聞いてもその情報を伝えることはない。だから教えてくれてもいいだろう。
そんなノリで聞いてみるが、夏木は意外とあっさりしている。
「ウチは高踏さんほど大胆な練習はできませんので。11人対16人の紅白戦とかそういうのをやってきました」
「11対16!?」
「高踏のプレスとショートパスの再現は難しいので、中盤から前の人数を増やしてやっていましたね」
夏木はあっさりと言うが、藤沖は口をあんぐりと開けている。
「でも、確かに……」
結菜は北日本の県予選決勝の内容を思い出した。
極端なまでのセーフティファーストに、攻められても全く慌てる様子のない落ち着きぶり。5人の数的不利で練習をしていたとなると同数での試合は全く恐れるものでもないだろう。
「まぁ、ウチの二軍と高踏さんとでは、相当違いますから」
夏木はそう笑うが、とても油断出来ない。
そう警戒している横で、準決勝第一試合洛東平安対浜松学園のスターティングメンバーの発表が始まった。
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