1月5日 11:20

 準々決勝の激闘から一夜が明けた。


 とはいえ、明日には準決勝が控えている。


 その間わずか48時間弱。この日も練習に割く時間はない。全員、休養である。


 午前中、宴会場の一つを貸してもらい、大溝が手配してくれたマッサーによるマッサージを受けている間、陽人が話を進める。


「明日の準決勝だけど、現時点ではいつものメンバーのつもりだ」


 と言ったところで、鹿海が手をあげる。


「どうした?」

「キーパーは康太の方が良くないか?」

「……ふむ」


 ここまで鹿海は二試合、須貝は三試合(一回戦で鹿海が退場したため)に出場している。


 失点数は鹿海が2、須貝は7で、須貝の方がかなり多いが内容はかなり異なる。


 須貝の失点のうち初戦の2点と準々決勝の1点は完全に試合が決まってからのものであり、それほど重い失点ではない。それ以外では好守を連発しており、特に二回戦の終盤に大野のシュートを止めたシーン、弘陽学館戦の前半は絶賛されている。


 特に弘陽学館戦だ。この試合のMVPは立神とする媒体が一番多いが、須貝という声も大きい。ハットトリックをした戸狩よりも評価が高い。


 一方の鹿海は初戦で早々に退場してしまった印象が悪い。三回戦の失点は本人の責任ではないのだが、大量リードをしていたこともあり「鹿海がチームを救った」というシーンは全くない。


 今朝、陽人が目を通したスポーツ新聞では、五輪代表監督経験者が「残りの2試合は須貝をキーパーとして起用した方が良い」とまで言っていた。ひょっとしたら鹿海もそのコラムを見たのかもしれない。



 また、ゴールキーパーという側面以外にフォワードの層という点でも、鹿海をサブに置いた方が良いかもしれない。


 準決勝の北日本短大付属はもちろん、洛東平安と浜松学園も堅守のチームだ。


 攻めのバリエーションは多めに確保しておきたいし、個人の出来はともかくとして弘陽学館戦の鹿海はラッキーボーイ的な側面もあった。こうした個人の勢いというのも無視できないものだ。



 もちろんマイナス面もある。


 堅守相手のチームとなれば、押し込む展開が長くなる。そこにカウンターを受けるかもしれないとなった時、カバー範囲の広い鹿海の方が向いているのではないか。


 また、連携という点でも須貝とレギュラー組の最終ラインが一緒に練習していたことはない。堅守からのカウンター一発狙いが予想される相手に、須貝は相性的にはあまり良いとは言えない。



 そのうえでしばらく考える。


 最終的には、これまでの方針にどちらが近いか。


(今まで、取られることはある程度覚悟してやってきたし)


 どの道、取られる時は取られるのである。取られるパターンを気にしすぎていても仕方がない。自分達がどれだけできるのか、そのための武器を多く用意した方が良い。


 となると、鹿海よりも須貝をGKにして、攻撃のオプションを増やしておく方が良い。


「……そうだな。ゴールキーパーは康太にしよう。優貴はベンチになるが、展開的に高さが必要な時に入れるかもしれない。いいか?」


 陽人の問いかけに、須貝も鹿海も力強く頷いた。


「はっきり言って練習にあてる時間もないし、相手の研究をしすぎても仕方がない。ここまで来れば、後のことを考えても仕方ない。全力を出し尽くすだけだ」



 一通り話をすると、あとはマッサージをさせるべく、一旦宴会場を出た。


「お、天宮」


 そこに真田がいた。


 昨日で妻子は帰ったらしく、今日からは単身出張状態に戻った。


 それでも、彼からチームの方に近づいてくるのは珍しい。


「おまえだけには話をしておいた方がいいかもしれない」

「何ですか?」


 宴会場の中に視線を向けたが、誰もこちらを気にする者はいない。


 陽人は、真田に従って、ロビーの方に向かう。



「……世代別代表ですか?」


 真田から聞かされた話に、陽人は素直に驚いた。


 もちろん、ここまで勝ち進んできたのだから、それなりに関心を集めていることは理解している。瑞江、立神は活躍も派手だし、陸平も不思議はない。


「希仁も、確かにあのフォアチェックはすごいですしね」


 唯一、戸狩が選ばれてないのが残念ではあるが、4人もいるというのは素直に嬉しい。


「ただ、とりあえず大会が終わるまでは説明しなくて良いと、向こうの人も言っていた」

「そうですね」


 それは陽人も同意する。


 自分が日本代表、あの青いユニフォームを着ることができるかもしれないと思うと、今までと違った心境になるだろう。それはプラスになるかもしれないが、マイナスになる可能性もある。


 今、のびのびとやれているのだ。わざわざ変なプレッシャーをかける必要はない。


「あと、夏木からメッセージが来ている」

「夏木さんから?」


 北日本短大付属コーチの夏木は、真田の大学の後輩でもある。


「そう。こんなのがね」


 真田が携帯の画面を見せる。そこに夏木からのメッセージが入っていた。


『夏に練習試合やったことで、BチームはもちろんAチームも刺激を受けてここまで来ることができました! 準決勝はチャレンジャーのつもりで向かっていきますのでよろしくお願いします!』

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