1月4日 19:55

 その日19時。


 真田順二郎は妻と娘を新横浜で見送り、一足早くホテルへと戻っていた。


 既に連絡を受けて、高踏が勝利したことは知っている。


「一体どこまで勝つつもりなのかねぇ」


 とつぶやきながら、ホテルのレストランで食事を1人食べている。



 食事が半ばにさしかかった頃、入口にスーツ姿の男が2人、現れた。


 こちらに近づいてくる。


 ホテルのレストランには、真田を含めて3人しか客がいない。残り2人は全く違う場所に座っているから、どう見ても自分が目的のようだ。


 嫌な予感がした。


 チームが試合をしているにもかかわらず、会場にも来なかったと文句を言いに来たのだろうか。


「高踏高校サッカー部監督・真田順二郎さんですか?」


 名前を問われ、ますますげんなりとなる。


 2人を改めてチェックする。歳は30代と20代半ばくらいだろうか。とすると、組織内で大きな責任のあるポジションでは無さそうだから、単なる伝達役で「明日の何時にどこそこに来てください」と告げに来たのだろうかと判断する。


 そうではなかった。年長の男が挨拶をする。


「私、JFAスタッフの中林と申します」

「JFA?」


 まずはジョン・F・ケネディ、次いで往年の阪神タイガースの中継ぎ投手陣のニックネームが思いついたが、それはJFKだ。


 サッカー部監督であれば、誰もが行きつく日本サッカー協会(Japan Football Association)という名称にいきつかない。


 が、名刺を差し出されて、そこには日本語読みも書かれてある。


 それでようやく相手が何者かは理解した。


「JFAの方が何の用でしょうか?」


 と同時に「これはますます大事になっているのか?」という疑問が浮かぶ。


「経緯はお聞きしました。何とも災難でしたね」

「……いや、まあ、仕方ないんじゃないですか? またトラブルを起こされると困るという立場も分かりますし」


 冷静に考えると頭に来る話ではあるが、おおっぴらに休めるのであまり文句を言うつもりはない。


 正直な感想を述べただけだが、2人は何やら感心している。


「さすがにあれだけ画期的なチームを作られただけのことはあって、鷹揚ですな」

「それはどうも……。何の用です?」


 どこの組織かは分からないが、まさか横浜のホテルに来て、自分の処分を慰めに来たということもないだろう。



 中林はファイルを取り出した。


「今大会、何試合か見させていただいておりまして、高踏高校の選手を何名か、世代別代表の選考合宿に呼びたいと思っております」

「世代別代表? あぁ、あのアンダー何とかとかいうやつですね」

「はい。そのリストがこちらです」


 差し出されたリストに目を通す。


「瑞江に、立神に、陸平に、稲城の4人?」


 何ちゃって監督の真田であるが、前3人がチームの主軸であることはもちろん知っている。だから、この3人が日本代表候補になるのは理解できる。


「稲城も、ですか?」

「はい。彼はまだまだ粗削りなところはありますが、運動能力や心肺能力は突出しているものと評価しております。それに」

「それに?」

「彼は中学まではボクシングで才能を期待されていた選手でした」

「そうですね。高校でやらせたら、死人が出るかもしれないという理由でやめさせられたと聞いております」

「高校卒業後、ボクシングに戻る可能性もゼロではありません。そうなる前にサッカーの方で確保しておきたいというのも理由です」

「ほうほう、なるほど……」


 複数の競技で才能をもつ選手というのは確かにいる。


 純粋に運動神経が良い選手であれば、何の競技をしてもそれなりにモノになる。


 稲城の場合、俊敏性とスタミナ、瞬発力が際立って高い。それはボクシングにもサッカーにも活かされうる要素だ。


 だから、ボクシングに取られないように、早めに日本代表候補という餌を用意しておくようだ。


「……分かりました。代表候補に選ばれたとなれば名誉なことですし、伝えておきます」

「あ、ただ、本人達には大会が終わってからの方が良いでしょう。早めに伝えたのは、できれば学校の協力をいただきたいからです」

「あぁ、そうか。学校を休むことになるかもしれないわけか」


 選考合宿というからには数日はかかることになるのだろう。当然、平日も挟むから学校で授業を受けることができなくなる。


 他のところは分からないが、高踏高校は進学校である。サッカーの代表選手だからといって、試験成績に下駄をはかせることなどはしない。ただ、事情が事情であるだけに補講などの準備が必要になる。


 誰かが残業することになる。おそらく自分もだろう。


「色々面倒ですなぁ」


 学校としてみれば、それが正直なところだ。


 ストレートな感想に、中林も付き添いも苦笑する。


「それは重々承知しておりますが、何卒ご協力いただけないでしょうか?」

「もちろん、協力自体はしますけれどね。大変だなぁ……」


 本当に大変だと思った。


 4月以降、監督という扱いはなくなると聞いている。


 しかし、こうした裏方作業はどんどんやってきそうだ。


(替わってくれる人はいないかねぇ)


 久しぶりにその思いが強くなった。

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