1月4日 16:28


 試合はどうにか勝てそうであるが、一難去ってまた一難である。


(何がしたいんだ?)


 この書き方を見る限り、佐久間サラは自分が実質的な監督であることに気づいたようである。


 そもそも二回戦の時点で怪しいと思っていたのかもしれない。


 だから、前半の終わり際も「医務室に行っていいのか、見届けなくていいのか」と聞いてきたのだろう。


 そのうえで後半の自分の様子も見ていて確信したのだろう。



 とはいえ、そこから何がしたいのか。


 分からないが、認めないとネチネチ聞いてくる可能性がある。


 試合に勝ちそうな以上、この場を逃げたとしても準決勝で会うことになる。


(本当に何を企んでいるんだろう?)


 さっぱり分からない。




 主審の笛が高らかに鳴り響いた。


『試合終了です! 5-2で高踏高校が勝利。初出場の一年生軍団、遂に国立の舞台にあがります!』

『高踏高校、強かったですねぇ。これはまさか、まさかもあるかもしれませんよ』



 藤沖が大きく背伸びをした。


「まさか、弘陽学館を相手に高踏の方が終盤を流すことになるとはねぇ」


 高踏は5点目を取って以降、シュートが無かった。


 しかし、それは前半のようにうてなかったというわけではない。


 打ちに行こうとしなかっただけである。


「弘陽学館も前半に一気に決めに行けば全く違う展開だったかもしれないのにねぇ」

「前半の高踏が、抜きたくなるくらいにダメだったのも事実ですけどね」

「確かにね」


 弘陽学館が前半に全力を尽くしたら、高踏から3、4点とれていたかもしれない。


 しかし、それで準決勝で負けた場合、「準々決勝で勝てる相手にやりすぎたからだ。宮内はトーナメントのことを分かっていない」と。


 もちろん、この結果を受けても批判されるだろう。「たった1点で勝った気になって相手を生き返らせて完敗した。宮内はサッカーを分かっていない」と。


「優勝を期待されるチームは何をしようと結局は結果論。負ければ批判され、勝てば許されるだけ。賞賛がないのが辛いところだよ」

「そうですね」


 そして、高踏も来年は県予選ではそうなりかねない。


「お、天宮君がインタビューを受けるみたいだね」


 スタンドからは、佐久間サラが陽人に近づく様子が見える。



「お疲れ様」

 カメラを置いたまままずは佐久間が一言。無感情な、何を考えているのか分からない口調だ。


「先に私の個人的な質問に答えてくれる?」

「……1ですよ。それが何か?」

「別に何もないわ。そう思ったから聞いただけで。おっと」


 カメラが近づいてきて、途端に声が明るいものに変わる。



『放送席! 放送席! それでは高踏高校キャプテンにして、後半は監督のようにチームを鼓舞した、天宮陽人君にインタビューします! 天宮君、準決勝進出、おめでとうございます!』

「ありがとうございます」

『まずは前半のことを聞きたいと思います。今大会初めてスタメンで出場して、良いシュートを打ちました』

「良いシュートでは無かったと思いますが、チームが劣勢だったので流れを変えたいと思いました」


 会場からまばらな拍手だ。そんなシーンあったっけ、後半が凄かったゆえに、最初のシュートは記憶から薄れている。


『その後、前半終盤にピンチを迎えましたが、天宮君の気迫溢れるプレーで失点を回避しました』


 今度は一転して大きな拍手に変わる。


『その際に負傷してしまいましたが、怪我は大丈夫ですか?』

「この後詳しく診断しますが、大怪我ではないと思います」

『代わって入った立神君が見事なシュートを決めました! あのシュートは見ていましたか?』


 よく言うよと思った。見ているように言ったのは他ならぬ自分ではないか。


「見ていました。決まって良かったです」

『後半は松葉づえをつきながら、ピッチサイドで選手を鼓舞していました。まるで本当の監督のようでしたが、どういう気持ちでしたか?』

「いや、監督がいないので、キャプテンとしてできるだけのことをやろうと」

『後半すぐに立神君の2本目のフリーキックで勝ち越し。その後、一気に3点取って試合を決めましたが、何か選手達に声をかけていたのでしょうか?』

「いいえ、あれは皆んなが見事にプレーしたと思います」


 また、大きな拍手が起こる。


『さて、いよいよ国立です!』

「信じられないです」

『準決勝の相手は北日本短大付属と決まりましたが、抱負を聞かせてください』

「北日本短大付属ですか?」


 他会場の結果は知らないので初耳であった。


 スタンドからも「そうなのか」という声が起こる。


 ただ、こちらの試合は陽人の負傷治療で前半ロスタイムが11分あった。その分、試合終了が遅かったのだろう。


(そうか……、北日本か)


 初の練習試合の相手と準決勝であたる。ちょっとした運命めいたものも感じる。


「準決勝でもいつも通りの試合をするだけです」

『準決勝も期待しています、高踏高校かんと……失礼、キャプテンの天宮陽人君でした!』


 インタビューは終わった。


「本当に監督みたいだったぞー」


 スタンドから声が飛んでくる。


 ひょっとしたら、ワザと間違えたのか。


 分からないが、つぎに立神が呼ばれると観客の関心はそちらに移った。

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