1月4日 16:06
高踏ベンチの陽人と後田にしても、あれよ、あれよという間に事態が進展していった。
「うーむ、こうなると最後の交代は……」
最後の交代枠は園口を疲れてきた選手に替えよう、というものだった。最後の技巧派を入れて、相手を崩そうという狙いである。
しかし、リードが4点に広がった今、崩す必要もなくなった。
相手は明らかに心身ともに打ちのめされてしまっており、ボールを持たない局面で全力で走る動きはほぼなくなった。
ここから追い上げてくることもなさそうである。
少し考えて、陽人は稲城を呼んだ。
「希仁、残り時間、追加点はいらない。リードを守り切れるようにしっかり走りきってくれ」
「……分かりました」
後半27分、高踏は最後の交代枠を使う。鹿海にかわって、稲城である。
鹿海が交替に気づいて走り出すと、スタンドから拍手が響き渡る。
前の試合でゴールキーパーを務めながら、この日は前線で奮闘した。
決して良いパフォーマンスだったとは言えない。ゴールどころかシュートもゼロで、相手を翻弄するようなプレーもなかった。
それでもファウルをもらって立神のフリーキックの得点につなげたし、何より3点目である。相手の油断を突いた早いリスタートで弘陽学館を大きく動揺させた。
「ナイスプレー」
だから陽人は左手をあげて鹿海を迎え入れた。ハイタッチをかわしがてら、鹿海が笑う。
「ナイスプレーというより、ナイスジャッジじゃないか?」
「ボールを操ったりするだけがプレーじゃないさ」
そう言って、ピッチにいる弘陽学館の3番に視線を向けた。
試合前、弘陽学館のキャプテン平尾は陽人に「24時間サッカーのことだけを考えれば2年後には国立に行ける」と言っていた。
陽人はその時に思った。サッカーとは何から何までを指し示すのか。
仮にテレビゲームのようなサッカーであれば、鹿海を起点とした3点目はなかったかもしれない。ファウルの後にフリーキックの画面に移り変わるかもしれないからだ。平尾はFKに優れた立神へと意識を向けてしまったのも、狭いサッカーであれば平尾の行動は間違っていたとは言えないかもしれない。
陸平がいきなり詰めてボールを奪ったことに端を発する4点目も、サッカーというよりはゲーム心理的なものだ。サッカーの能力が高いからボールを取れたのではなく、相手が心ここにあらずの状態だから奪えたものだ。
それはどちらかというと、陽人ともども対人ゲームをやっているうちに身に着けた駆け引きに近い。
もちろん、だから平尾にどや顔で「ゲームやることだってサッカーなんですよ」とは言わない。そもそも、サッカーのことを考えてゲームをやっていたなんて意識は陽人にはないし、陸平にもないだろう。
でも、そうした要素も試合に反映してくる。
(何から何までサッカーなのか、難しいよなぁ……)
交替を最後に、陽人はベンチに腰かけた。さすがにこの点差なら、テクニカルエリアまで出て言うようなこともない。
相手は完全にへばってしまって、プレスもなければボールを取りに行く力も弱い。
追加点を取ろうと思えば取ることはできるが、これ以上無理することも大人げない。キープを続けるだけで無闇にシュートまで打つことはない。
「流れって怖いなぁ……」
後田がつぶやく。
まさにその通りだと陽人も思った。
シュート本数は高踏が7本で、弘陽学館は17本だ。支配率もこの時間帯は圧倒的に高踏だが、前後半トータルで見ると4:6だろう。
しかしスコアは5-1である。トータルで見た場合に試合内容を反映したスコアであるとはとても言えない。
しかし、大半の人はスコアに影響されて物事を語る。
5-1というスコアを見て「実は点差ほどには内容の差はないし、むしろ弘陽学館が支配的に進めていた」と言える者も多くない。
「高踏、一年生しかいないのに強すぎる……」
「いや、これはマジで優勝するんじゃないか?」
「弘陽学館から5点取るチームなんだから、鉄壁の洛東からも1点か2点は取れるだろ」
スタンドから畏怖めいた声が聞こえてくる。
「参ったなぁ」
スタンドからの過大評価に似た声に、陽人は頭をかいた。
「天宮さん」
そこにマネージャーの卯月亜衣がやってくる。
「これ、大会マネージャーが天宮さんに見せてほしいって」
「は?」
卯月は小さく折りたたまれた紙を持っている。
全く良い予感がしないまま、陽人は紙を開く。
『試合後、根掘り葉掘り聞かれるのが嫌なら、裏面を見なさい』
「……えぇ?」
確かに試合後にはインタビューがある。
真田がいないから、陽人が質問されることになるのだろう。聞くのはもちろん大会マネージャー・佐久間サラだ。
そうでなくても何となくやりづらい相手だ。根掘り葉掘り聞かれるなんて溜まったものではない。陽人は裏を見た。
『高踏高校の本当の監督はどちらか、試合後に指の本数で示してもらえる? 1:天宮陽人 2:その他の誰か』
「……」
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