1月4日 16:02
主審の笛が鳴って思わず天を仰いだのはファウルをした蓑原だけではない。
弘陽学館キャプテンの平尾も「あ~」と上を向いて、高踏の背番号11に視線を向けた。
「平尾!」
背後から青沼の声が飛んだ。
後ろを誰かが走る気配がするとともにスタンドのどよめきが聞こえた。
振り返った瞬間、先程までマークしていたはずの戸狩が左からの折り返しをゴールに蹴り込んでいた。
一瞬、会場が静まり返る。
何が起きたのか分からない者も多数いる。
「今のリスタート、成立?」
結菜が周囲に尋ねる。
主審がセンターサークルを指差して笛を吹いて、走りだした。
「……成立したみたいだね」
ファウルを受けた鹿海は、その瞬間、「これを翔馬が決めてくれれば」と思った。
しかし次の瞬間、笛に関わらずサイドを全力駆け上がる曽根本の姿を見た。
そこからは半ば無意識だ。ボールをセットして曽根本の走るところに蹴りだした。
主審の笛はない。素早いリスタートでプレー再開だが、弘陽学館の何人かは立神に視線を向けて、ボールから目を離してしまっている。
戸狩もゴール前に走る。マークしていた平尾が目を離していた。
フリーの曽根本が、フリーの戸狩に折り返す。
あとはただ決めるだけだった。
早いリスタートからの得点で、高踏に3点目が入った。
展開から見ても大きな3点目。しかし、藤沖はそれ以上のものになりかねない可能性を感じた。
「これは尾を引く失点になるかもしれない……」
立神が2本決めていたことから、そちらに注意が向くのは仕方がない。
しかし、全員がきっちり集中していれば防げた失点である。努力及ばず取られたよりも、精神的なダメージが大きくなる可能性がある。
「これはきついなぁ。どうするかなぁ。僕なら平尾君を替えるかなぁ」
「今、戸狩さんを外してしまったからですか?」
集中を欠いたのは何人かいたが、一番問題がある者を探すとすれば、戸狩のマークを完全に外した平尾になるだろう。懲罰的に替えることでチームの雰囲気を引き締めるという手はありえる。
「それも多少はあるけれど、それ以上に一回ムードを切り替えた方がいいと思う」
2点差となったのは大きいが、取り返せない点差ではない。
悔しい取られ方ではあるが、いつまでも尾を引かせてはいけない。
気分転換を図る何かが必要だ。
タイムアウトがあれば、それでもいいが、サッカーにはない。
選手交代などを含めて強いメッセージを送る必要がある。
しかし、ベンチは動かない。
『3-1、大きな、大きな3点目が高踏高校に入りました』
『とはいえ、弘陽学館の攻撃力を考えれば、残り時間で追いつく力は十分にありますからね。高踏高校も気を抜いてはいけませんよ』
『そうですね。改めて弘陽学館は石津のキックオフで試合再開。ボールは矢作が……あっ、陸平がとりました。そのまま立神に送る。立神が右サイドを駆け上がる。低いクロスに戸狩が合わせる! 決めたー! 鮮やか! 電光石火の4点目! 後半23分、高踏高校、立て続けのゴールでリードは3点に広がりました!』
スタンドは3点目の時以上に静まり返った。
高踏側を応援している一角も「えっ、入ったの?」という様子で、完全に入ったと分かってから控えめに喜んでいる。
林崎が感心したように藤沖を見た。
「見事に当たりましたね」
動揺のあまり、心ここにあらずの選手が何人かいた。その間隙を陸平が逃さなかった。チームのバランス取りに腐心している陸平がいの一番にプレスに行くなど、これまで一度もなかった。絶対に取れるという確信があったのだろう。
「……面白い試合を見たいという立場からすると残念なことに、ね。というか、このままでいいのか? 放っておくと更に点が入るぞ?」
「あ、動くみたいですよ」
連続失点という事態に、慌ただしく弘陽学館ベンチが動き出した。
右ウイングにいた神南と、たった今ボールを失った矢作を下げ、藤島と杉本という2人が入る。共に県予選含めて出場はゼロ、カンフル剤的な投入のようだ。
これで交代は五人、交替枠を使い切ったことになる。
「これで何とか持ち直せるかな……」
期待はすぐに裏切られた。
「あ~……」
藤沖が空を仰いだ。
弘陽学館の中に目に見えて運動量が落ちている選手がいる。
「中一日に、消耗戦術に乗ってしまったというのもあるけど、一番の原因は……」
心が折れた。
もう無理だと諦めた。
『素早いプレスから高踏高校がボールを奪いました。このまま5点目を狙いに行くのか? 門さん、パス回しが早くなってきましたね?』
『この後半は高踏高校らしい展開が増えてきていますよ』
ボールが瑞江に回った。
1人かわして、エリアへと近づく。
多少緩慢な動きだが蓑原も詰めてきたところに、左側にボールを出した。
『瑞江がボールを出して、戸狩がシュート! 決まりました! 決定的な5点目! 戸狩はこれでハットトリック! 今大会6点目でトップの瑞江に1点差に詰めてきました! それも全て途中出場から。恐るべきスーパーサブだ、戸狩真治!』
後半19分までスコアは2-1だった。
そこから5分間。
スコアは5-1へと広がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます