1月4日 15:56

『サイドで受けた神南が中に切り込んでシュート! これは枠の外でした』



 後半17分が回った。


「選手交代から弘陽学館は3本目のシュートですね」


 我妻が記録を取りながら言う。


「高踏はもちろんゼロです」


 ここまでは弘陽学館が交代を有用に活かしているようには見える。


「ただ、弘陽学館も攻めてはいるけど崩しているとまでは言えないんだよね。前半のはじめのうちは最後のディフェンダーも外して、それこそゴールキーパーの須貝しかいない状況で打てていたけど、今はシュートもつかれている状態だから、スーパーなシュートじゃないと入らない」


 藤沖は腕組みをして、首を傾げる。


「結局、陸平の外を回せて攻められるようにはなったけれど、攻略したわけではないからジワジワとしわ寄せが来て、ラストで苦しい状況になる」


 中盤のパス回しにしても、長めのボールにしても、陸平の近くを通るものはカットされる恐れがある。フィジカルで倒しにかかっても、体操で鍛えている陸平は見た目以上に倒れることがない。無理に倒そうとするとすぐにファウルになる。


 そこを外すと、外しそうな場所に久村や立神がいる。この二人もフィジカルは強い。回すことはできても、前に行くにつれて囲まれたり態勢が厳しくなる。その状態でだと、外してシュートを打つのが精いっぱいだ。



「もう一つ何かが必要だなぁ……」

「早い段階で思い切ったプレーが必要そうですね」

「その思い切ったプレーというものが難しいものなんだよ。確かに今の弘陽学館は同じことの繰り返しで、もどかしく見える。だけど誰かが違うことをすると、周りも合わせないといけないわけでしょ。その準備が出来ているかだよね」


 藤沖は両手をブラブラとさせる。


「例えば、高踏の2点目の原因となったのは、平尾が個人でかわそうとしたことによる。これは思い切ったプレーではあるけど、そこまでするプレーだったのかという疑問がある」

「確かに……」

「もちろん、弘陽学館で試合に出る選手達だ。個々に思いきったプレーをすることはできると思うけど、それをチームに理解させているかどうか。しかも三人交代している状況でチームとして共有できるか、という疑問がある」


 弘陽学館は全力を出してきている。それは明らかだ。


 しかし、全力になってもポジショニングや他の選手との連携といった感性に関することは伸びない。


 有り余るやる気に任せてガムシャラに動いた場合、かえって秩序を乱す恐れがある。



「元々弘陽学館は、選手個々人の能力が高いが、それはかなりの時間を個人能力、技術やフィジカルも含めた部分の強化にあてているからだ」


 だから、ここまでもチーム戦術で勝ち上がるというよりは、個々人の強さで勝ててきている。


「高校サッカーの場合、チーム戦術で差がつくケースは少ないから、本来はそれが常道だ。ほとんどすべてのところがシンプルな形を心がけていて、多層的な戦術を徹底的にやるところが少ないから」


 ゆえに優れた個人が多ければ多いほど有利になる傾向になる。


「ただ、そこに高踏という異端的なところが出て来たわけですね」

「そう。ただ、戦術特化相手だとダメだというわけではない。事実、前半は個々人で勝てていて圧倒的に攻めていたからね」


 前半の途中から走り合いになり、やや苦しんだが、それでも高踏がよく攻めていたわけではない。それくらいしか相手にダメージを与える手がなかったから仕方なくやっていたとも言えるだろう。



 それが後半、陸平や立神ら競り合える選手が入ったことで変わった。特に守備戦術を完璧にこなす陸平の存在が大きい。


「戦術遂行の個が上がったからうまくいかなくなった。そういう点では戦術なのか個人なのか、何とも言いづらい」


 いずれにしても高踏は守備の局面では相手に決定的に崩されなくなっている。


「ただ、高踏も瑞江と戸狩を入れても攻められていない。現状では高踏の体力的な部分と、弘陽学館のスタミナ的な部分の勝負になりつつある。どうなるかなぁ。おっ」


 説明していると、弘陽学館が中盤でボールを奪った。


 そこから一気に縦に石津に渡す。


 石津がシュートを放った。


 しかし、シュートは須貝の正面。


「須貝も本当にポジショニングがいい。おっ?」


 その須貝がすぐにボールをスローイング。


 これが意外と伸び、下がってきた瑞江がボールを受けた。そこから陸平を経由して左よりに構えた鹿海へと通る。



 藤沖はすぐに戸狩を探した。


 ダメだ、と思った。さすがに弘陽学館はもっとも危険な相手をフリーにするようなことはしない。瑞江と戸狩にしっかりとマーカーがついている。


 鹿海にもすぐに蓑原が寄せてくる。


 これは下げるしかない。


「優貴!」


 立神がボールを受けにきた。受ければシュートを打てそうな距離だ。


 まずいと思ったのだろう、蓑原はボールを取ろうと足を伸ばす。


 引っかかって鹿海が倒れた。


 笛が鳴った。


 蓑原が「あー」と天を仰ぐ。



『蓑原、ここはファウルで止めてしまいました! 時間は後半21分になろうというところ、高踏高校、ゴール前良い位置でフリーキックを獲得しました!』


 中央やや左サイド寄り、ゴールまでの距離は25メートルか。


「来たねぇ……」


 藤沖だけではない、ほぼ全員の目が鹿海から離れた。


 彼からパスを受けようとしていた立神翔馬へと視線が向かう。

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