1月4日 15:46
主審がゴールを認めた瞬間、陽人と後田も互いに飛び上がった。
そこに第四審が近づいてくる。
「天宮君、杖がエリアの範囲から出ている」
かなりきつい口調で注意が来た。
ハッとなって確認すると、確かに松葉づえを出すとエリアより向こうに出る。
無意識のうちに指図棒代わりに使っていたような気もしないではない。
「すみません!」
「怪我しているのだし、ベンチで座っていた方が良いんじゃないかね?」
「いえ、はい、以後、気を付けます……」
陽人はすごすごと数歩下がると同時に、時計が既に10分に近いことを思い出す。
交代しないとと思うと同時に、相手陣の方から寒気のようなものを感じた。
「おっと……」
弘陽学館の面々の顔つきが明らかに変わっている。
「おぉ……まだまだ全然楽できそうにないな」
もちろん、これまでも手を抜いていたということはないだろう。ただ、相手は全員が一年という冗談のようなところである。準決勝と決勝も見据えているのでどこかでリミットをかけていたところはあっただろう。
それがリードされたことで「先のことは考えられない。この試合に全力をかけないといけない」という思いに変わったようだ。
「ここからが本番……というのは言い過ぎにしても、圧力は更に強くなりそうだな」
「嫌だねぇ、倒したと思ったら、第二段階に変化してくるボスみたいなところはさ」
陽人の言葉に後田がおどけたような態度を見せる。
「もっとも、相手がこちらを倒す意識が強くなるのはカウンターをやりやすいことでもある。チャンスも増えるはず、比率は圧倒的に向こうだけど」
「誰と替える?」
「チーム戦術的には優貴と俊矢なんだろうけれど」
3トップの鹿海、篠倉、櫛木のうち、一番幅広いプレーができるのはポストにもなりうる篠倉である。
「ただ、優貴ははつらつと走っているからな」
鹿海は一回戦で退場処分になってしまい、二回戦に出られなかった。三回戦は勝ったものの4失点というのはゴールキーパーとしてはあまり誇らしくはない。
この試合で名誉挽回とばかり、必死にプレーしている。ハーフタイムにもう少しプレーさせてほしいと言ってきただけのプレーはしている。
「限界まで頑張らせよう」
となると、篠倉、櫛木を交代させることとなる。
スタンドからも動向が分かる。
「お、瑞江、戸狩を入れてきたね」
「弘陽学館も替えますね。こちらは3人も」
「本当だ」
同じタイミングで宮内直春も立ち上がっていた。3人のメンバーにそれぞれ何か耳打ちをしている。
「弘陽学館はここまでやらないといけないとは思っていなかっただろうね。トーナメントは難しいものだよ」
全国大会は日程が短く、体力回復の時間が少ない。
だから勝てそうだからと、必死になりすぎて体力を使い果たすのは賢明ではない。
と言って、最小限のリードを守ろうとした場合、今の弘陽学館のように逆転されて泡を食い、余計に体力を浪費してしまうことになりかねない。
後半10分、ボールが切れたところで選手が変わる。
高踏は3トップの左右に戸狩と瑞江が入ることになった。
一方の弘陽学館は、途中交代で入った大光辰則、打出直政、関城淳の3人が指示を出している。
「おっ、3-4-3かな?」
スタンドから見ている限りだと、前半の4-3-3ではなく、3-4-3に変更しているように感じられる。
フォーメーション:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093073242034315
「瀬川さんが3トップの左にいますけど、本当なんでしょうか?」
「分からない。でも、対面が瑞江になりそうだから、スピードがある瀬川の方が良いのかも」
「高踏の3トップに対して、3バックは危険では?」
通常は相手フォワードにディフェンダーを1枚余らせることが多い。1人かわされたら、カバーのしようがないからだ。
「そこはゴールキーパーがやるということなんじゃないかな。弘陽の3バックは全員世代別代表経験者だから、そう簡単にかわされないという自負もあるだろう。リードされているのだし、弘陽学館もリスクを負わないことにはやっていけない」
確かに、と全員が頷く。
前半からここまで、高踏の選手が弘陽学館の選手を1対1でかわしたシーンは全くと言って良いほどない。ここまでのシュート3本は、陽人が裏を思い切りついたシーンと、あとは立神の2本のフリーキックのみだ。
後半は陸平の投入で、リズムは握っているが、決定機らしいものはない。最終局面でかわせていないだけだ。
リードされているとはいえ、弘陽学館が弱気になる理由はどこにもない。
「弘陽学館は陸平に苦しんでいるから、中盤を厚くして越えようとしている。高踏はここまで勝てていない1対1で勝てる選手を入れてきた。ベンチワークとしてはどちらも正しいだろう。果たしてどうなるかな?」
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