1月4日 15:44
ボールがセットされた位置に、立神、曽根本、陸平の三人が集まった。
左足なら曽根本……ではあるが、恐らく誰もそう思わないだろうし、本人も自分が蹴りたいとは思っていないだろう。
一方、エリアの中では弘陽学館の選手達が集まっていた。
弘陽学館の選手達がペナルティスポット付近に壁を作る。
青沼がゴールポストに寄りかかって、「もう少し右だ!」と指で合図を出す。
人数は6人……と思いきや。
「漆川! そこで横になれ」
壁の後ろで背番号18の漆川が寝ころんだ。
「おぉー、そこまでやる」
ボールの隣に立つ陸平が思わずのけぞった。
立神のシュート力なら、ジャンプした壁の下を抜いてくることも考えられる。だから、下に1人寝転がって、そのコースも塞ぐという形だ。
「……いなければ下も考えたけどな」
立神が無表情に言い、曽根本にボソボソと話す。
「距離が近いから巻いて狙う。前半と同じで枠内というよりはポストとバーのあたりだな。跳ね返ったら任せるぞ」
「お、おう……」
ポストとバーのあたりを狙う。ということは、右上か左上、どちらかの隅だ。
ボールが狙い通りに飛べば、跳ね返りを競ることになる。この点ではそのつもりでいる分高踏の方が有利だろう。
少し内にそれて入る分にはそれで良い。
恐らく、普通のキッカーよりは幅を広めに考えられる。
その分、翔馬は心理的に楽になるし、他のキッカーより有利じゃないかな、陸平はそう考える。
「取られた時の対応は考えておくよ。後ろは気にしなくていい」
「任せた」
陸平はボールから離れた。相手のカウンター準備を確認する。
エースストライカーである石津がいて、少し下がったところにスピードのある左サイドバックの瀬川がいる。方針としては石津にあてて、瀬川を走らせるのが基本方針だろう。
スタンドも静まり返り、ひそひそと話す声だけ聞こえてくる。
「いやー、緊張しますねぇ」
結菜が藤沖に話しかける。
「そうだねぇ。こういう至近距離のフリーキックの対峙はちょっと特別な緊張感がある」
何が起こるか分からないオープンプレーの場合とは異なり、この場面ではある程度起きうるシチュエーションが予想できる。
見事にシュートが決まる。
逆にゴールキーパーがストップする。
壁に当たるか枠外に逸れる。
結果の選択肢が限られてきて、その中にゴールという選択肢があるのでより緊張感が高まってくる。
審判が笛を吹いた。
立神がボールをセットして、大きく七歩下がり、また斜め後ろを向いた。この瞬間、蹴る立神にはゴールは見えない。
ただし、それがためにゴールキーパーも立神の視線や表情を確認できない。キックに至るまでのあらゆる情報が欲しいゴールキーパーにとっては、また壁にとっても若干やりづらい一瞬だ。
曽根本がボールに向かうが、全く誰も反応しないし、見向きもしない。
本人もボールに視線を向けることなく、そのまま脇を通り過ぎた。そのまま壁の右側へと走り出す。
続いて立神が走り出した。
青沼が構えて、壁も緊張が走る。
ボールまであと一歩、壁が飛び上がった。
立神が右足を振り抜く。
前半ほどの音はしない。
蹴り出されたボールの軌道も正面ではなく、斜め上の方だ。
壁の表情が「あれ?」というものに変わった。壁の右端にいた神南はボールが近づくにつれて反応して頭も振ろうとするが、その少し斜め上を抜ける。
立神から見て右側に蹴ったということは、ゴールキーパーからは左側だ。
剛球を予想していたのか、青沼はごくごく一瞬、時間にして0.1秒にも満たない時間足踏みをし、次いでボールの方向に飛び上がる。
シンプルに巻いてくるボールの軌道に手を合わせようとする。
ボールが落下し、距離が近づいてくる。
(間に合わない)
青沼はそう判断したのだろう、左手を気持ち外に傾けた。
ゴールラインの前で止めようとしても、指先が僅かに届かない。
それならボールと指の接地するタイミングを少し遅らせ、ゴールラインの内側でボールを止める。ラインを完全に越えなければ得点ではない。
ボールが落下軌道を描き、右のポストの左端を叩いた。そこから内側に入り込む。
ほぼ同じタイミングで青沼の左手がボールに触れた。
しかし、ポストに当たって気持ち軌道が変わった分、指に力を入れるタイミングより早くボールが触れた。ボールの勢いに負けて外へ出すことができず、ボールは地面に落ちる。
小さくバウンドして、弾んだ時、ボールは完全にラインを超えていた。
青沼の目の前まで走っていた曽根本が両手をあげて大きく飛び上がる。
『入りました! 立神、二本目は弧を描いて、ゴール右隅を捉える芸術的なフリーキック! ゴールキーパーの青沼! 指に触れることはできましたが、惜しくも止めることはできませんでした! 後半9分、高踏高校逆転! 立神翔馬のフリーキック2本で、国立に一歩近づきました!』
立神はまた小さくのけぞる素振りをした。
「ボール半個、いや三分の一個、内に入れてしまったなぁ……。ま、いいか」
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