1月4日 15:42

 後半開始時のメンバー交代は高踏が1人。


 弘陽学館は前半と同じメンバーである。



 前半、得点後に弘陽学館はラインを全体的に下げ、受けて立つ姿勢に立った。そのために長距離を走る羽目になり、消耗を余儀なくされた。


 後半は同じ展開を繰り返したくないようで、前に出る構えを見せる。


 両サイドバックから中にあてて、そこから体の強さで1対1を制して次の展開を模索しようという意図は感じられるが。


「おい! 何をやっているんだ!」


 弘陽学館のベンチからは監督・宮内直春の怒声が飛ぶ。



 サイドバックから中に入ったところで、その次の展開がない。


 中盤の強さで崩すつもりだが、22番・久村と11番・立神は共にフィジカルの強さがあるから簡単に崩れない。そこからのパスを全て6番がかっさらっていく。


 後半開始直後、この試合初めて高踏が主導権を握ろうとしている。



「6番が全部カットしていくぞ」

「すげえ効いているな。さすがに6番つけるだけのことはあるのか?」

「いや、番号で言ったら、高踏の10番はCBだぞ? 前半滅茶苦茶蹴りまくっていただけでお世辞も機能していたとは言えないし」



 周囲の陸平評に頷きつつ、藤沖は別の見方もしていた。


「ディフェンスもそうだけど、最初のパスでミスがないからね。展開にリズムが出る」


 陸平は難しいパスやスルーパスは出さないが、ショートパスをきっちりと通してくる。


 最初のパスが間違いなく届くと分かるから受け手に落ち着きができる。だから次のパスも落ち着いて出せて、連鎖的にパス回しが良くなっていく。


 陸平からボールを受けた立神が前を向こうとするが、さすがに立神にはマークが厳しい。一度久村に叩いて、そこから篠倉へとボールが繋がる。そのパスは若干ズレたが、篠倉がやや無理に足を伸ばして収めようとする。


 前半の平尾なら、最悪ファウルになってでも、という意識で強く取りに行っただろう。実際にファウルになったとしても、そこまで脅威はなかったからだ。


 しかし、立神のフリーキックを見ているので、そこまで思い切り取りには行けない。


 この試合初めて、篠倉にボールが収まった。


 左に出したところに櫛木が走る。戻っていた桜野が先に蹴り出してスローインとなった。


「ナイスプレー、さすがに弘陽学館も簡単にはシュートを打たさないね」


 藤沖の言葉に中学生達が首を傾げる。


「最後を崩すには瑞江さんも入れた方が良かったんじゃないでしょうか?」

「今の局面については同感だけど、瑞江・戸狩の同時投入で一気に混乱させたいんじゃないかな? そこまでで走り切ってこいということで」

「ということは、後半10分に動きそうということですね」

「僕がそう思うだけで、ベンチの後田君……あ、天宮君も戻っていたね。彼らがどう思っているのかは分からないけどね」


 時計は前半の5分を指している。


 戸狩は三回戦を休んでいたから、状態は良いはずだ。


 少なくとも、彼は5分後には出て来るだろう。




 7分、平尾がボールを持って左サイドを向きながら前に向かう。


 櫛木が前から来る。それを平尾はかわして前へと向かう。すぐに鹿海と久村が詰めて来るが、これもかわそうとした。


 プレスが次から次へと来る場合、そこにかける人数分、後ろが手薄になる。平尾にとっては何人かかわすと、自分達のチャンスへとなる。


 しかし、かわすことができない。ボールが鹿海の長い足にひっかかった。


「うわっ! 焦ってきているのかな」


 スコアは同点だから、センターバックが無理をする場面ではない。


 しかし、同点のままという状態が弘陽学館サイドにはプレッシャーとなっているのだろう。


『勝って当たり前』

『なのに時間が経つにつれて内容が悪くなっている』

『相手はこの後スーパーサブが出て来る』


 そうした邪念が湧いて出て来て、次第、次第に不安となってくる。



 鹿海はひっかけたボールを前にいる櫛木に送った。


 櫛木が受けようとしたところに、蓑原が強烈に競ってくる。


 櫛木が倒れる。笛が鳴った。


 蓑原が「そんなことはないだろ」と文句を言うが、主審は首を左右に振って受け付けない態度を示す。



『ファウルです! ゴール正面、ペナルティエリアの僅かに外! 絶好の位置で高踏高校がフリーキックを得ました! 高踏高校の1点は前半終了間際に立神翔馬が決めた直接フリーキックによるものです。門さん、ここも立神でしょうね!?』

『間違いないでしょうね。ただ、この距離は立神君にはちょっと近すぎるかもしれませんね』



 解説の言う通り、ボールのポイントはペナルティエリアのすぐ外である。


 距離は17か18メートルくらいか。


 通常、近ければ近いほどシュートは決まりやすいが、フリーキックの場合は必ずしもそうとは言えない。近ければ壁の枚数は増える。前半のラストは「シュートなどありえない」という距離だったので壁は1人もいなかった。


 ここは5、6人が壁に入るだろう。真っすぐ打って入るコースはないはずだ。



 曲げて入れるとなると、距離が近すぎることが災いとなる。欲しいだけの変化をさせる前に距離を使い切るからだ。


 立神のようにキックに威力がある場合、尚更だ。

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