1月4日 15:34
ハーフタイム、同点に追いついたことで、高踏の控室は明るい雰囲気だ。
「しかし、よく決めようなんて思ったよな……」
道明寺が呆れたように言うと、立神は「いや」と首を振った。
「絶対決めようと思っていたわけじゃないけど、決めに行った方がゴールの可能性は高いと思った」
合わせるボールを選択しても、ポジショニングや単純なセットプレーでは弘陽学館の方に一日の長がある。
思い切り狙って、入ればもちろんOKだし、バーやポストに当たった跳ね返りでも押し込める可能性がある。仮にゴールキーパーが弾いてもコーナーキックのチャンスがある。
「狙い過ぎなかったのが良かったんだろう。偶々ジャストミートしていいスピードが出てくれた。ラッキーだったよ」
「そうかぁ、後半も頼むぞ、翔馬」
騒いでいるところに後田がポンポンと手を叩いた。
「前半は1-1。展開を考えれば望外の結果だ。当初の予定通り、後半は頭から勝負をかける。まず隆義は怜喜に交代だ」
主力組だが人数の関係上、連戦で出ていた芦ケ原が陸平に交代。これはここまでのチーム方針からしても当然の措置だ。
「オッケー、志半ばで倒れた陽人の分も頑張るよ」
「いや、死んでないから」
ボケたつもりなのか、真面目に言ったのか、陸平の言葉に後田が呆れた顔を向ける。
「次に優貴が達樹と交代……」
「ちょっと待ってくれ!」
2人目の交代策を口にしたところで、鹿海が手をあげた。
「まだ走れるし、相手との間隔もつかめてきた。シュートチャンスはともかく、ファウルを貰うくらいはできるはずだ。もう少しプレーさせてくれ!」
「えぇっ?」
続行志願に、後田は「参ったな」と櫛木と篠倉を見た。
この2人も退く意思は無さそうだ。
相談すべき相手はいない。陽人は医務室で治療中だ。
チラッと瑞江の顔を見たが、「どっちでもいいよ」という顔だ。
「……分かった。それならとりあえず10分までは今のままだ。ただ、失点したらすぐに替えるから」
残り30分の時点、後半10分で戸狩を入れる予定は固まっている。
瑞江と2人、まとめて投入という形でもありだろう。
一方、志半ばで倒れたことにされている陽人は、医務室で治療を受けていた。
と言っても、医務室ではきちんとした検査も出来ないから、さしあたりは変な動作が起きないように患部付近を固めることになる。
「本来なら、すぐに病院に行ってもらいたいんだがねぇ」
医師は渋い顔をしている。
陽人が「後半も残って、試合結果を見届けてから病院に行きたい」という要請を受けてのものだ。
「まあ、監督もいないチームだ。キャプテンとして残らなければならないというのは分かるし、仕方なく認めるけれども……」
「すみません」
「しかし、高踏は凄いチームだね。監督もいない、1年生しかいないチームなのに、優勝候補を相手に前半1-1なのだから。一体、どうやって試合中に修正しているのか、全く見当もつかないよ」
パソコンを操作して、何かを入力している。市内の病院にアクセスしているのだろうか。
「……5時に市内の病院を予約しておいたので、試合が終わったらここに来るように」
「分かりました。ありがとうございます」
「ここから残る分については、君の意向なので大会スタッフは使えない」
前半、負傷してから医務室まで車いすを使えたのは不慮の負傷というアクシデントを受けてのものだから、大会運営のスタッフが協力した。
「車いすを使うなら、誰か部員などを呼んでくるけど?」
しかし、後半残るというのは陽人の意図である。本人の希望のみで、勝手に大会スタッフを使うわけにはいかない。
「松葉づえとかあります?」
「あるよ」
「なら、それで戻ります」
頼めば結菜は協力してくれるだろうが、自分で動けるのに車いすというのも情けない話だ。更に単純に「まだそんなものに頼りたくない」という意地のようなものもある。
医師に松葉づえの調整をしてもらうと、陽人はそれでグラウンドへと戻っていく。
グラウンドに出ると、既に後半開始前だった。両軍ともベンチに戻っていて、交代選手が1人立っている。陸平だ。
(あれ、怜喜1人……?)
首を傾げながらしばらく前進しているとスタンドの方から「お、天宮が戻ってきたぞ」という声がした。聞き覚えの無い声だから、完全に普通の観客だろう。
一斉に拍手が沸き起こり、続いて「天宮―、凄かったぞ!」、「後半も頑張れよー!」と応援の声が飛んでくる。
後半開始前にグラウンドに集中していた視線が、全て自分の方に向かうのを感じた。
どうにも居心地が悪いが、声援されているので、右手を小さくあげた。更に拍手が大きくなる。
歓声に気づいた後田とマネージャーが走り寄ってきた。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫というわけでもないが、どうせ怪我は変わらないし、試合を観終わってから病院に行くよ」
「そうか。後半なんだが、優貴と純が『15分ほどプレーさせてくれ』って強く言うから、交代は怜喜だけにしておいた」
「……なるほど」
少し首をひねった。
今まで、「こうしよう」という交代策に異論が出たことはなかった。もちろん、異論を許さないというつもりはなかったが、今回だけというのが気にはなる。相手が後田だから対して強気に出たのか、余程前半に確信があったのか……。
とはいえ。
「雄大が続けて出すと判断したのなら、その場にいない俺が口を挟むことじゃない。しばらくプレーを見てみよう」
「あぁ、車いすはなくて大丈夫なのか?」
「自分で動けるからな」
そう言って、松葉づえをついてベンチへと向かう。
車いすを使いたくはない。
しかし、自分が観衆の注目を引きつけ、そのせいで後半開始の邪魔になったことは申し訳なく感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます