1月4日 15:15
藤沖と林崎が顔を見合わせた。
「これは凄い……、としか言いようがない」
「あいつはキック力ありますけれど、さすがにあの距離は……」
林崎も追いついた喜びよりも、自分が見たものが理解できないという様子だ。
「前は無回転のブレ球という反則技があったから、とにかく強いキックを蹴りこめばキーパーが予測不能な落とし方になることがあったけど」
2010年前後は、無回転キックが全盛だった。
回転しないまま進むキックは、野球におけるナックルボールのように空気抵抗を受けて蹴った本人にも分からない不規則な軌道を描く。ゴールキーパーも判断のしようがない。
しかし、「技術でなく(空気抵抗による)偶然」でゴールが決まることに対する批判は強く、2014年以降は無回転になりづらいボールが主流となっている。
「今は規則的な動きのキックしか出来ないから、あの距離をねじ込むのは尋常じゃないよ。キーパーが合わせると思って出てしまったのかな?」
確認しようと後ろを向いた。
辻と結菜がまるで叱られた双子のように揃って頭を抱えている。
それを見て、先程「ロスタイムが長すぎて撮影が切れた」と言っていたことを思いだす。
ということは、今のシーンは全く撮影されていなかったことになる。
恐らく前半でもっとも見せ場となるはずのシーンを。
恐らく今大会で一番凄いフリーキックを。
辻がぼそっと恨み言をつぶやいた。
「あのまま変えておけば……。結菜が止めたせいで一番いいシーンが撮れなかったじゃないか……」
「いや、それは確かにそうだけど、あれは見返しても何の参考にもならないでしょ。立神さんが凄すぎる! 他のみんなは真似しないように! 以上!」
開き直った結菜が叫ぶ。
幸いにしてテレビは何度もリプレーを流している。
『いやぁ……何度見てもありえないゴールです』
解説の門が言うように、40メートル前後の距離がありながらゴール右上の隅ギリギリに、まるで糸を引くように突き刺さっている。ゴールキーパー青沼のジャンプは惜しいなんてものではなく全く届いていない。
『高踏高校キャプテンの天宮が必死のプレーで失点を防ぎました。その魂が乗り移ったかのようなゴールでしたね!?』
『本当その通りです。奇跡としか言いようがないですね』
そこで前半が終了した。
「相手のことを考えないとすれば、過去最低の前半ではあるよね。シュートはこちらが2本で、向こうが……」
手元のメモで確認する。
「11本だ。内容もこのシュート本数通りだったね。ただ、トーナメントではスコアと結果が正義だ。立神のフリーキックで全ては無かったことになったし、あのフリーキックが後半に与える影響は計り知れない」
弘陽学館は個人能力の高い選手達が多い。
ゆえにボールを取りに行く時も、相手のプレスをかいくぐる時も、かわすとか組織的にというより個人のフィジカルの強さで何とかしようとする傾向があった。
前半の最後まではそれでも良かった。仮にファウルになっても高踏がチャンスにすることができなかったからだ。
しかし、立神という長距離砲がいる後半、迂闊なファウルは命取りとなりかねない。
「しかも、前半の終盤の方はかなりばてていた。終了前に10分近く治療タイムがあったから、多少の休憩にはなっただろうけれど、その後フリーキックを決められて精神的にダメージを受けた部分も考えると体力面はもたない可能性はある」
「こちらはそこに達樹、真治、耀太に怜喜を投入できますからね」
技術の高い瑞江、戸狩らが入ると、必然弘陽学館はファウルが増えるだろう。ファウルを恐れて当たりに行けなくなると、彼らの個人技が活きることになる。
「うーん、弘陽学館サイドに立って考えると、とにかく得点直後にペースを落として休憩しようとしたのが悔やまれる。そこで一気に2点3点取りに行けば良かったし、取れた可能性もあるんだけどね」
とはいえ、分からないではないとも藤沖は思った。
仮に1点取られて同点になれば、もう一度やり直せば良い。
同点に追いついた高踏が勢いづいた攻めてくれればその分カウンターもやりやすくなる。弘陽学館監督の宮内直春はそう考えたのだろう。
常識的には、それで良い。
しかし、そうはならなかった。
「そこで落ち着いたり、点を取りに行ったりするのではなく、むしろ失点覚悟で切り替えの回数を増やしてお互いを消耗させる選択肢を取ったのが前半最大のターニングポイントと言えるかな。後半勝負とはいっても、ここまで身を削るやり方を選ぶチームは中々ない。誰が考えたのかは分からないけど、これがなかったら同じスコアでも後半への希望はかなり違っていたかもしれないね」
ただし、藤沖は付け加える。
「この不安要素は弘陽学館が優勝するには乗り越えなければいけないものでもある。後半どういう修正を加えるのか、そこも見てみたいところだね」
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