1月4日 15:11

 センターサークルのやや外側にボールが置かれている。


 ゴールまでの距離は40メートルを超えるだろう。狙うには長すぎる。ただし、中で誰かに合わせるにはゴール正面という場所が悪い。


 ピッチに入った立神は、ボール近くに走り、そばで待機している道明寺に声をかけた。


「俺が蹴る。あっちに行ってくれ」


 相手ゴール前を指さした。


 そこで競り合え、という意思表示であることは言うまでもない。



 道明寺がエリアに入っていくと、続いて篠倉と鹿海、櫛木もエリア内に入る。それに応じて弘陽学館の選手達もエリア内に密集する。


 前半最後のプレーになるかもしれない。ここの攻防は重要だ。


「OK! 行くぞ!」


 立神は右手をあげて、数歩下がった。


「……?」


 そこで一旦斜め後ろを向いた。蹴るべき方向から完全に視線を外して、右足で地面を二、三回コンコンとつつく。入ったばかりでもうスパイクの土を落としているのだろうか。



 キッカーが視線をそらしたことに、エリア内に戸惑いの様子が浮かぶ。


 弘陽学館は「何だ、あいつ?」という顔をしているし、高踏側も「何をしているんだ?」と不安そうな視線を向ける。



 そこから反転して立神はボールへと走る。


 加速して、右足を振り抜いた。


 大砲のような音が響き渡り、ボールが強い弾道でゴール方向に向かう。



 エリア内で競り合う面々が、ボールの軌道を見上げながらゴール側に走る。


 弘陽学館のゴールキーパー・青沼俊輝は一瞬腰を落とした後、ボールの軌道を確認した途端血相を変えてゴール側に下がり、ゴール右上の隅へと飛んだ。


 風を切りながら進んできたボールはエリア内の集団を完全に無視して、ゴールの右上に向かって飛んでいた。そのままなら枠を外れそうだが、そこから急激に落ちてくる。


 落ちるとはいっても進むスピードは全く変わらない。


 ボールが完全に通過した後、青沼の手が虚しく空を切る。



 時間にして僅か1秒前後。


 ボールはネットに刺さり、数回転した後動きを止めた。


 その前後、携帯からは『おぉぉぉっ? うおぉぉぉっ! すごいっ!』、『これは狙ったのか? あぁぁーっ、入りましたぁー!?』という言葉にならない雄叫びのような声だけが響いていた。



 スタンドも総立ちになった。


「すげぇ!」、「追いついた!」、「あの距離を!?」


 思い思いに沸き立ち、収拾がつかない。



 自陣ゴールの斜め後ろから見ている陽人の目には、ボールが突然急降下していきなりネットに突き刺さったようにしか見えなかった。


「あっ! えぇぇーっ!? 入った!?」


 佐久間サラも医師も間の抜けた声で叫び、今は唖然と口を開いている。


 ゴールを決めた立神は、遥か遠くにいる。小さく右手を握りしめた後、こちらの方に小親指を立てて向ける。そこに何人かが駆け寄る一方で、篠倉もこちらに気づく。


「陽人、同点だ! 同点だ!」


 自分が決めたかのように飛び上がって叫んでいる。


 もちろん、一緒になって叫びたい思いもあるが、痛みがジンジンと来てそれ以上ではない。だから代わりの言葉をかける。


「まだ時間があるぞ! 油断するな!」

「おうとも!」


 篠倉はすぐに反転して自陣の方に向かっていくが、ボールはまだ弘陽学館のゴールの中にあった。青沼が茫然とした様子でポストとバー、ボールに交互に視線を送っている。


 主審が笛を吹いて再開を急がせる。


 それを受けて、平尾が憮然とした様子でボールを取りだし、前に投げた。



 主審は急かしたけれども、残り時間があったわけではないらしい。


 弘陽学館がキックオフしてすぐ、前半終了の長い笛が鳴る。



「それじゃ、医務室に行くよ」

「はい」


 陽人は車いすに座りながら電光掲示板を見た。



 1-1。


 間違いなく同点だ。


 2点、3点リードされることも覚悟していた試合は同点で後半に向かうことになる。




(※)一度ゴールに背を向けて、スパイクの土を落としてからキックに向かうやり方は、サッカーではなく昔NFLにいた(はずの)キッカーをモデルにしたものです。

 探したんですけど、映像では確認できないんですよね。ロビー・ゴールドかマーティン・グラマティカのどちらかだったんじゃないかと思うのですが。

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