1月4日 15:08
既に時間は15時を回った。本来ならとっくに前半が終了している時間である。
とはいえ、前半38分過ぎのプレーから完全に止まっている。ゴールの中での陽人の手当が続いていた。
「痛みはどうかね?」
「段々痛くなってきました……」
「そうだろうね。アドレナリンが切れてくるだろうからな。痛み止めを飲み応急処置をして、その後は病院に行ってそこで検査だな」
「分かりました……」
会場内で負傷したのは初めてのことだが、おそらくそういうものだろうということは分かった。
ベンチの方を見ると、既に背番号11がピッチサイドで大きく跳び上がっている。
立神の準備は万端なようだ。
選手交代は通常、ハーフウェーでハイタッチなどをかわして行われるが、ゴールの中からそんなところまで連れていくほどスタッフも暇ではない。
「じゃ、これから出ますよ」
スタッフの指示で、陽人は担架の上に横たわる。
拍手が聞こえてきた。
それがどんどん大きくなり、スタジアム全体に大きな拍手の音が響き渡る。
『高踏高校キャプテンの天宮、今、担架でピッチから出て行きます。負傷は残念ではありますが、失点を阻止した勇敢なプレーに、観客から万雷の拍手が送られています』
『そうですね。見事なプレーでした』
陽人を乗せた担架は最短距離、ゴールの脇を通ってピッチの外に出た。
完全に出たのを確認して立神が中に入る。
主審が時計を見て、11と指示を送った。
立神の背番号……ではなく、ロスタイムが11分ということらしい。それだけを見るとかなり長いが、ほとんどがゴールの中での治療であったから、結局のところ、あと1分半くらいである。
担架で出るとすぐに車いすが用意されていた。
そこに移しかえられ、スタッフに押されて移動を開始する。
「大丈夫?」
横から声をかけられた。佐久間サラが近くまで移動してきている。
「これで大丈夫に見えます?」
さすがにムッとなった。本人としては気遣っているつもりなのかもしれないが、車椅子で移動する者に「大丈夫?」も何もないだろう。いくら何でも無神経ではないかと思ったが、次の言葉に毒気を抜かれる。
「残り少しの前半も見られないくらい? 見届けなくていいの? 監督さんもいないけど?」
「……それは」
確かにその通りではある。
佐久間が言うように前半は残り数分である。
それだけではなくこのまま病院まで行ってしまったら後半も後田に任せることになる。
どの道交代して、以降のプレーはできない。
医務室に行くのが1時間や2時間遅れても死ぬことはないだろう。
(……ハーフタイムの序盤にテーピングして痛み止めの薬を飲めば、後半もベンチに残ることはできるか。病院に行くのは試合終了後でも構わないわけだし)
「もう少し残っていてもいいですか?」
陽人は後ろの医師に尋ねる。「仕方ないね」と頷いて、車いすを回転させた。
前半は構わない、ということだろう。
スタンドからも、陽人の車いすが止まった様子は見えた。
「あ、前半は見て行くんだ。ということは、それほど重傷ではないのかな?」
結菜もさすがに少し安心したようだ。
「重傷だったとしても、もうプレーはしないから、本来のベンチ業務を果たすつもりなのかもしれないね」
「……あ、そうか」
「これは非常に悩ましい。普通ならこのまま病院まで行くのが良いのだろう。ただ、高踏の試合という観点からいくと、後田君一人だけで後半も、というのは辛い。こう言うと酷いかもしれないけど、ベンチで指示を出したり交代を考えたりするのは、足が動かなくても問題ないから」
「つまり、藤沖先生は兄さんに、後半戻ってこいと言いたいわけですね」
「あ、いや、ケガの状態が分からないから、はっきりは言えないけど……」
それでも、チームの勝利を考えるならベンチに戻る方が良いのではないか、藤沖の言葉は結菜も頷けるところである。
「残るメリットはもう一つあって、ちょっと嫌らしい考えだけど、負傷した天宮君がベンチにいる様子を見たら、スタンドが今までより味方につく可能性がある」
勇敢なプレーで(?)退場したキャプテンが、怪我を推してベンチで声を張り上げる様子はテレビ局側にとっても絵になるし、スタンド側の感情移入も呼び込みやすい。
ましてや高踏は監督も出場できていないのだ。そうした同情も加わることで判官贔屓のムードにもっていけることが期待できる。
「あ、やばい」
話をしていると、唐突に辻佳彰が声をあげた。
「どうしたの?」
「ここまで長引くとは思わなかったから、前半の撮影分が終わっちゃった」
「あらま……。でも、もう50分くらい経っているものね」
撮影可能な時間は60分であるが、ロスタイムはあっても5、6分だろうという認識で試合前の様子なども撮影している。10分を超えると撮影できないというのは無理のないことだ。
辻は後半分のものをセットしようとするが、結菜が止める。
「残り1分くらいいいんじゃない? 後半は後半からでいいんじゃない?」
気楽に言った。
辻も「じゃあ、そうするよ」と一旦、撮影を打ち切った。
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