1月4日 15:00
弘陽学館の背番号10・右ウイングの神南を石狩が追う。
神南はクロスを上げようとしたが、石狩に気づいてブレーキをかけ、反転する。石狩をかわした後、中央にいる石津目掛けてクロスをあげるが本人の意図よりも高いボールとなった。
ボールはペナルティエリアぎりぎりのあたりに入ってきた。
キーパーの須貝が飛び出して、センターフォワード・石津より早く触れようとする。
両者飛び上がった。手が伸ばせる分、須貝の方が有利なはずだが、身長は179センチとこの世代のキーパーとしては標準サイズだ。石津のヘッドと須貝の右手が競り合うような形となり、若干石津の頭が勝る。
早くないバウンドで転がりながら、ボールがゴールへと向かう。
「陽人、止めろ!」
スタンドの林崎が叫ぶ。
「兄さん!」
結菜も続いて、「天宮さん!」と我妻と浅川も叫ぶ。
ゴールへ向かうボールに一番近いのは陽人、その後ろ20メートルほどのところを高踏側は久村と南羽、弘陽学館側は漆川と多々良が追う。
陽人の走りとボールの軌道、ギリギリの勝負になりそうだ。
荒れたピッチを不規則にバウンドしている。
きちんと蹴るのは見た目以上に難しい。少し間違えればまた自軍ゴールに蹴り込むことになりかねない。
歓声が大きいが、周囲を気にする必要はない。
陽人はボールだけに集中する。
段々とボールが大きく見えてきた。そのボールのいつも蹴っているポイントに右足の軌道を乗せる。
「よっしゃー!」
林崎が両手でガッツポーズした。
陽人はボールを蹴り出した。斜め後ろに蹴り出したボールは予想外に伸びて南羽の下に転がる。
南羽から久村に回して、更に篠倉に繋がった。ハーフウェーを超えたところにいる篠倉から左サイド側に流れればカウンターの応酬になりそうだったが、その前にアンカーの湊川にタックルを受けた。
笛が鳴って、プレーが止まる。
「やはり弘陽学館の何人かの選手は疲れているな」
藤沖が頷いている。
前半の序盤なら、高踏のスリートップにファウルをするまでもなくボールを取れていた。カウンターからのカウンターという展開になったとはいえ、ファウルでないと止められないのは後半に向けては光明だ。
「さてさて、ほぼハーフウェーだけど、敵陣でのフリーキックは初めてだ。時間も少ないし、ここは篠倉と鹿海に合わせてくるかな?」
藤沖が次の展開の予想を始めた時、高踏陣内に向けてダッシュで走る主審の姿が目に付いた。
多くの者はそこで異変に気付く。
「何かあったのかな? あっ!」
高踏のゴール内で陽人が倒れたままだ。
「兄さん!?」、「陽人!」、「天宮さん!」
ゴールの中で転がっている陽人が考えていたことは、「ボールが来ていないから、多分失点はしていないんだろう」ということだった。
ボールを蹴り出した後、そのままゴールネットまで突っ込んだのだが、足下に広がるネットに右足を取られて滑ってしまった。
その際に右足を大きく捻り、以降は膝のあたりに凄まじい痛みが走り、立ち上がることはもちろん、満足に動くこともままならない。
「大丈夫か!?」
近づいてきた須貝の問いかけに対して、冷静に答える。
「……いや、無理」
プレーを続けられるか? と聞かれたら、とてもできそうにない。
最低でも捻挫、最悪だと靭帯断裂もありうるかもしれない。
これで更に失点までしていたら、あまりにも悲惨だが、それがないので多少の慰めにはなる。
「……雄大に交代がちょっと早くなったと言ってくれ」
どの道前半だけのつもりだったので、あまりマイナスがないのは幸いだ。
須貝は何故かとぼけた様子だ。
「まだ大丈夫だろう? 足がちぎれたり、変形したりはしていないぞ?」
「康太、おまえなぁ……」
「嘘々、ナイスディフェンスだったよ、陽人」
須貝は肩を軽く叩くと、ベンチに向かってバツを送った。
ほぼ同じタイミングで主審は担架を求める。
『一時、試合が止まっております。この試合が先発初出場となる高踏高校キャプテン天宮陽人、見事にゴールを守りましたが、その際に転倒したのでしょうか。負傷してしまったようです。高踏ベンチが慌ただしくなってきます』
後田にとっては突然の出来事であった。
少なくとも前半はこのまま終わるだろうと思っていたところだし、ハーフタイムに陽人と交代策を考えようと思っていたところである。
しかし、陽人が負傷した今、自分一人で交代策を考えないといけない。
「俺がいくよ。アップするから少し時間を稼いでくれ」
ビブスを脱いで、立神が言った。
「あ、あぁ……」
後田はすぐに頷いた。
陽人がいたのは右のハーフのポジション。そのまま入れるとすれば立神だ。
順当な交代であり、後田に全く異論はない。
「頼んだ。交代までの時間稼ぎは任せてくれ」
後田はそう答えたが、時間稼ぎのために何かしなければいけない、ということはなさそうだ。
ゴール付近に医師と救急箱を持ったスタッフが向かっている。担架をもつスタッフもゴール方面に向けて向かっており、まだ到達していない。
簡単な処置をして、担架で出て行くまで、数分はかかるだろう。
十分な時間のはずだ。
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