1月4日 14:56

 ボールが頭上を通り越し、「またかよ」と思いながら陽人達は前にあがる。


 久村は守備の際に体を張りたがる。その性格的に劣勢の展開が続くと最終ライン近くでプレーをしたがる。


 背丈は高いがコンタクトを嫌う道明寺が前に出るのはバランス的にはちょうど良い。


 ただ、そこから道明寺がワンパターンに裏目掛けて蹴るのはいただけない。



 ボールがラインを割ったところで、陽人は道明寺に近づいて苦言まじりに言う。


「裏狙いは続けてやるより、たまにやるから効果が出るんだが?」


 道明寺はニヤッと笑う。


「裏なんか狙ってないぞ」

「……は?」

「前に滅茶苦茶守備ベースのチーム相手に希仁がやっていただろ? こっちからボールを渡して、攻守を無理やり入れ替えるって。似たようなことだ」

「……」


 陽人は下唇を噛んで考える。


「……分かった、任せる」


 周りに呼びかける。


「前から行くぞ!」


 キャプテンの陽人が道明寺と話をして、プレーにゴーサインを出した。それで他の選手も「意味があること」と理解したのだろう。「おう!」と声をあげる。



「高踏はショートパス主体の強さと、プレッシング強度が目立つけど、一番の強みはトランジションの意識だ」


 ボールを奪った時、失った時、その瞬間、瞬間で素早く意識を切り替える意識。


 攻撃と守備はやるべきタスクが決まっている。


 しかし、攻守の転換の瞬間は、その瞬間の状況によってやることが異なる。その分考える負担は大きくなる。


「弘陽学館は楽をしようとして、高踏にボールをキープさせようとした。仮にそれでキープをした場合、個人技のない高踏のサブチームは有効な手立てがない」


 U18クラスが多数揃う相手をかわす技術は、現在ピッチの中にいるメンバーにはない。篠倉や鹿海、櫛木はピンポイントで合わせれば点を取る可能性はあるが、そこに正確に合わせるクロスがあるかというと、それもない。


「キープをしてもどうしようもない。だから、道明寺は別の手段を考え付いた。裏に蹴り込んで相手にさっさとボールを渡して、陣地を回復すると同時に、こちらも相手も攻守の切り替え回数を増やさせることにしたわけだ。これは弘陽学館も多分想定外だろうね」


 いくら相手より上回っているといっても、深い位置まで蹴り込まれているのでまずい形でボールを失ったら極めて危険だ。守りをどうするか、ボールをどう繋ぐか。考えなければならない。


 漫然とプレーして時間を潰すつもりだった弘陽学館は予想外に緊張感の高いタスクを強いられることになってしまった。


 では、多少無理して得点を狙いに行くかとなると、ペースを落とそうという弘陽学館ベンチの指示がある。これを個々人の判断で変えるというのは難しく、意見を集約させるかベンチが方針を変えるしかない。


「海老塚と多少やり方は違うけれども、体力と精神力の削り合いを強いるという点では似ていると言えるね」




 前半の30分が過ぎた。


『前半30分を過ぎましてスコアは1-0。弘陽学館がリードしています。ここまでボールの支配率は70パーセント以上が弘陽学館ですが、解説の門さん、この展開をどう見ますか?』

『高踏は攻めが単調で一発狙い過ぎますね。これまでの試合のように丁寧にショートパスを繋いでいきたいものです』



「やれと言われて、それができるなら誰も苦労はせんよ」


 テレビの音声を聞きながら、藤沖が呆れたように笑う。


「高踏としてみればこのまま前半が終われば、展開として申し分なしだ。ただ、弘陽学館も前半のうちにもう1点を狙いに来るんじゃないかな」

「確かに」


 20分頃からお互い消耗戦めいた展開になっているが、それでも前半は圧倒的に弘陽学館が押している。弘陽学館としては、前半1得点だけというのはかなり不満な結果になるはずだ。


 だから、30分を過ぎると押し返してくると思って、全員が見ている。


 32分が経過した。展開はそのままだ。


 35分も経過した。一向にギアが変わる気配がない。


 むしろ、そのまま1-0で良いというような雰囲気が何人かの選手から伺える。


「出ないですね?」


 結菜、次いで我妻が首を傾げる。


「いや、これは……予想以上に相手が疲れているのかな?」


 弘陽学館は中一日の三戦目。


 高踏は中三日の二戦目。


 実力差はさておき、体調面ではかなり違う。


 また、相手はフィジカルに任せたプレーで強さを発揮していたが、強さを発揮するということはその分出力も大きいことを意味している。


 右サイドで陽人と瀬沼が競り合い、高踏ボールとなった。陽人が瀬沼に手を伸ばすが、気づかないように両手をついて、大きく息を吐いている。


「疲れていますね……、かなり」

「これは後半、チャンスがあるかもしれないね……」



 スタンドがそう思うということは、中も多かれ少なかれそう思っている。


 行けるのではないか、という思いが湧いてくる。



 それは時に、落とし穴ともなる。



 南羽がスローインを入れる。この前半、ひたすら前に打ち上げている道明寺目掛けて投げ込むと、前に出て行く。


 道明寺はここまでの時間、機械のように前に蹴り出していたが、このシーンのみ受けながら首を何回も振った。


 スルーパス、前へのパス、今までとは違うものを出す素振りを見せる。


 右へ展開しようとして、一瞬迷って左側を向いた。


 芦ケ原の声が飛ぶ。


「尚! 来ている!」


「えっ?」


 いつの間にか近づいていた弘陽学館の7番・矢作にボールを奪われた。矢作は即座に右サイドの神南へとパスを通した。



「うわ、まずい!」


 前に上がろうとしていた高踏ラインは完全に裏を取られた。


 俊足の石狩が必死に戻り、神南の後を追う。


 そこからかなり離れたところに陽人も走っていた。


 南羽が上がったことから少し下がろうとしていたタイミングでボールを取られたので、そのまま背後に向けて走り出していたのだ。

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