1月4日 14:38
「危なかったな~、おまえ、飛ばすね~」
平尾が声をかけてきた。驚き半分余裕半分という様子だ。
「やっぱサッカーって怖いわ。何でもないキックが大ピンチになるんだから、本当」
本音なのか、何らかの駆け引きなのかは分からないが、随分事細かに話をしている。
もちろん、それは青沼がボールを投げるまでだ。左サイドの瀬沼に渡す。
相手の左サイドは高踏にとっては右サイドだ。陽人は篠倉とともにチェックをかける。
弘陽学館の左サイドバック・
身長は170センチに足りないが、足腰がガッチリしている。187センチの篠倉相手にビクともしないどころか、右手で押し出すようにマークを外した。
続いて追いついた陽人がボールに足を伸ばした。
(触れた)
と思ったが、そこからが強い。かきだそうとしても、ボールが足につかない。無理矢理前進され、体勢を崩しそうになって思わずユニフォームを引っ張ってしまい、ファウルになる。
瀬沼はボールを蓑原に任せて前に走る。
蓑原からのパスを受けて、更に前に出ようとした。
今春から本格的にサッカーを始めた南羽は技術という点では、櫛木と並んで最低レベルである。本人も理解しているから無理に勝負をしかけず、多少かわされても相手に進路を与えないことを第一にディフェンスをしている。
早くけりをつけようと、瀬沼は南羽も力任せに抜こうとするが、体力という点では南羽の方が上だった。3年と1年の違いはあるが、南羽は元々野球をしていたから地力と下半身の強さは違う。
ただし、そこからの展開がない。
唯一のレギュラー組の芦ケ原までボールが回ったが、矢作雄一と湊川隼に囲まれて取られる。普段ならボール回しを早めて囲まれることを避けるのであるが、劣勢なこともありタフな状況でボールが回る。
芦ケ原の持ち味はゴール前に侵入してくるタイミングであり、ボールキープが得意なわけではない。たちまちボールを奪われて、そのまま縦に通される。
右ウイングの神南が縦パスを受けて、サイドの空いたスペースに出たサイドバックの
『右サイドからのクロス! 中央で石津がヘッド! ゴール! 前半16分、弘陽学館が先制点! 9番・エース石津のヘディングで先制点を奪いました!』
『桜野君のクロスが良かったですし、石津君のポジショニングもさすがですね。最後の段階で石狩君の前に出ました』
「ま、仕方がない。前半取られることは想定内だ」
スタンドの藤沖が腕組みをして大きく息を吐く。
「ただ、これで委縮して守りに入ると、ますます勝機はなくなる。失点の可能性があっても前に出ないといけない」
そこに弘陽学館サイドが動いてくる。
監督の
「引いてきましたね」
我妻がけげんな顔をする。
「当然といえば当然かもね。弘陽学館も準決勝以降があるから無理して点を取りに行くよりは休み休みやるという感じだね……」
弘陽学館は二回戦からの出場だが、スタメンの選手は全く変わりがない。
中一日という日程は彼らにとっても楽ではない。
落とせるところでは落としたい。
「つまり、天宮さんは起用時間を減らして、休養を与えているわけですけれど、弘陽学館は試合の中でペースを落として休養しているわけですね?」
我妻の問いかけに、藤沖が「そういうことだね」と頷いた。
「……つまり舐められているっていうわけね」
結菜が立ち上がる。
「こらー、負けるにしても1点くらい取りなさいよ!」
「恥ずかしいからやめてよ、結菜」
「アハハハハ……」
初参加の林崎が苦笑している。
「舐められるのは仕方ないといえば仕方ないか」
奮闘しているとはいえ、やはり実力差は否めない。
「この展開であれば、前半の点差はつかないけれども……」
「つかないけれども?」
「相手が疲れない。となると、この展開に甘んじてしまうと、後半の勝機はなくなる」
前半、サブ組が走り回って、点を取られても相手を疲労させて、後半で挽回するというのが高踏の指針であったはずだ。
今のままなら失点はされないが、相手が疲れない。
となると、後半に勝負に出ても、体力的に余裕があるから対応されてしまう。
「このまま守られると厳しい。失点の怖れがあっても、相手を走らせないと」
「いっそ海老塚みたいに守備を放棄して攻めさせちゃいます?」
我妻が冗談めいて言った途端、道明寺がやる気のないパスを前に出した。
鹿海を走らせようとしたのかもしれないそのボールはあっさりカットされるが、高踏側が一気に前に出て来る。
初めて高踏の形にはまったことで、弘陽学館がボールを失う。
このボールが道明寺に渡り、またも無造作に裏を狙う。
ボールが奪われる。
「久村さんと道明寺さんのポジションが入れ替わっていますね」
我妻の言う通り、久村が最終ラインに吸収されて5バックになっていたが、この時間は道明寺が前に4-3-3に戻っている。アンカーの位置に入った道明寺は足下にボールが来る度、無造作にパスで裏を狙う。
「さっき天宮さんが抜けそうになりましたけど、単調過ぎません?」
「いや、単調なんだけど……。裏を取ろうとしているんじゃないと思う」
ピッチを注視し、藤沖は呟く。
「弘陽学館は、ちょっとややこしいことになったと思っているかもしれない……」
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