1月4日 14:33
このままだとまずいというのは、もちろん、高踏側の全員が分かっている。
どう打開するか。
スタンドにいる林崎は、俯瞰的にボールを繋げるところ、高踏のコンセプトを実現できる場所を探していくのが良いのではないかと考える。
ピッチの中にいる者は、もう少し別の場所に活路を見出す。
コーナーキックの少し前、陽人はセンターバックの道明寺に小声で話しかける。
「尚、次にボールが来たら、思い切り裏を狙ってくれないか?」
「裏? 走るのか?」
「流れが悪すぎるから、一度、決め打ちで後ろを突いてみる」
「俺の長いキックは雑になる。多分無駄足になるぞ」
「知っている」
これまで、ショートパスを確実に繋ぐということを前提にプレーしてきているので、一部の選手以外はロングパスを出すこと自体がない。
道明寺はサブ組の中ではパスが正確な部類だが、10メートルを超えると如実に落ちる。相手のラインの裏ともなると40メートル近い。
うまく行かない可能性の方が高いが、「やるかもしれない」と相手に思わせることだけでも価値がある。完全な捨てプレーになっても、前半で出し切ると決めているから躊躇はない。
「……分かった。とりあえずやってみる」
とはいえ、何か思い切ったことをやらないことにはどうにもならないことは道明寺も理解している。
そのうえでコーナーキックになり、これは須貝がキャッチしたわけであるが。
ボールを石狩に出すと、弘陽学館は前から出て来る。
2回戦で独走ドリブルを決めたようなスペースはない。すぐに道明寺に預けて、道明寺が思い切り蹴った。
「おっ、一発裏を狙うのか?」
スタンドからどよめきが起こるが、続いて「あ~」と溜息めいたものになる。
陽人はラインの裏に走れたが、道明寺のパスが長い。
バウンドしてGKの青沼の取れるところになりそうだ。
と思った瞬間、ボールが陽人の側にバウンドした。
「バックスピン!?」
ベンチもスタンドも一斉に驚く。そこまで狙ってパスを出したのか、と。
実際にはバックスピンがかかったわけではなく、ボールが偶々グラウンドの荒れた部分に跳ね返り、後方に跳ねたのである。それが傍目にはバックスピンで戻ったように見えただけだ。
落胆から一転して大チャンスである。
弘陽のディフェンダーは一瞬GKのボールと思って足を緩めてしまった。再度加速するが、その間も走っていた陽人は完全に独走状態だ。
「決めろぉ! 兄さん!」
「陽人、決めろ!」
という、スタンドの結菜や林崎の声はもちろん、ゴールを期待する思い、恐れる思いが大きな音となって広がっていく。
(何も聞こえない!)
走る陽人は今までに感じたことのない焦りを抱いていた。
後ろから相手ディフェンダー、平尾と蓑原が追ってきているはずだ。どちらもU18の代表候補に選ばれた経験がある。スピードは分からないが、今日日鈍足のセンターバックが代表候補まで行くことは中々ないだろう。おそらく両方とも、少なくともどちらかは間違いなくスピードがあるはずだ。
しかも陽人は高踏の中でも足が速い部類ではない。
しかし、練習中なら聞こえてくるはずの、追いかけてくる足音は大歓声にかき消されて全く聞こえてこない。だから平尾や蓑原との距離が分からない。当然、後ろを向いて確認する余裕もない。そんな器用なことができるのならば、自分は主力としてピッチの中にいるはずだ。
ゴールキーパーの青沼との距離は分かる。
後ろがどこにいるか分からない。
アニメや映画などで見るシーン、ギリギリの距離で敵か何かに追われているような気分だ。
ペナルティエリアのラインが見えてきた。
シュートコースが僅かに見えた。
右足を振り抜いた。
力み過ぎた右足から蹴り出されたボールは狙った右隅ではなく、左隅の方に跳ねていき、そのままゴールラインを割った。
スタジアムが落胆と安堵の溜息に包まれる。
「シュートが早すぎるわよ!」
不満を口にするのは結菜だ。
「あの距離で入るのは瑞江さんと立神さんくらいだから!」
「ま、まあ、変に取られてカウンターを食らうよりは、むしろシュートで終わったという形で良かったんじゃないかな」
藤沖が苦笑して、結菜を宥める。
「天宮君はほとんど試合に出てないからね。こういう時のプレッシャーを人より大きく感じるところはあったんだろう」
誰もが勿体ないと思うシーンではある。
上から見ている者には各人のポジショニングが分かる。
平尾はまだ2メートルほど離れていた。陽人にはあと数メートルの余裕はあった。青沼の飛び出しを見てもゴールにもう少し近づけたはずだ。
勿体ないが、とはいえ、形を作れたのも事実である。
日頃の形とは違うが、それでも一回見せたことで相手は後ろも警戒しなければならなくなる。まだ1時間以上ある試合の中で、それは大きな積み重なりとなるはずだ。
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