1月4日 14:30

『右サイドの神南じんなんにボールが通った。振り向いてシュート! これもゴールキーパー須貝の正面でした』


 シュートをキャッチして地面にしゃがみこんだ須貝に、溜息の声が漏れる。


「いや~、須貝さんが2回戦の最後からキレていますね」


 前半5分までで、弘陽学館はシュート2本、いずれも須貝が正面で止めている。


 2回戦のラストプレー、大野のシュートを止めたプレーがきっかけになったのか、この試合でもシュートの正面に立って止めている。


『高踏高校のゴールキーパーは背番号12番の須貝康太。2回戦で大野弘人のシュートを止めましたが、ここまでも好調です。門さん、須貝をどう評価しますか?』

『高踏の正ゴールキーパーの鹿海君と比べると高さはないですが、読みとセービング技術は上ではないかと思われます。彼を侮ってはいけませんよ』


 ここまで上々の評価だ。



 もっとも、ゴールキーパーの須貝が目立つということは、前の方がうまくいっていないということでもある。


「最初から非常にキツイね」


 藤沖が苦笑した。


 当初の予想通り、ピッチ状態は悪い。


 パスが微妙に弾んだり、イレギュラーしたりして、キープに戸惑う。


 きっちりつなげていると、弘陽学館も追いきれないが、遅滞が二回も続くと追い込まれる。そうなると体を当ててこられて、ボールを保持しきれない。


 弘陽学館の長めのパスもピッチの悪さで乱れてはいるが、フィフティ・フィフティだと高踏の面々は競り負ける。結果、エリア付近でのシュートを許すことになってしまう。



 また、2回戦の時よりも相手のことが分かっていないということもある。


 2回戦の時は、「出るとしたら西海大伯耆」と早くから準備していたが、さすがに今回はそこまでの余裕はなかった。弘陽学館の研究をしていないわけではないが、準備期間に明らかな違いがある。


 もちろん同じホテルにいる我妻彩夏や辻佳彰を呼び出してじっくり研究することができなかったわけではない。しかし、受験に臨む彼らを呼び出してずっと一緒にいるわけにもいかない。


 そうした状況が差となって表れていた。



『前半の8分が経過しましたが、ここまで弘陽学館のシュートが4本、高踏高校はまだシュートを打てていません』

『弘陽学館の圧力が強くて、パスがどうしてもミスになってしまいますね』


 実況と解説の言葉に藤沖は「当たり前のことを偉そうに言うなよ」とぼやき、腕組みをする。


「林崎君ならどうする?」

「どうしようもないですよ。前半はある程度やられても仕方ないって決めているので、耐えるしかないです」

「それでも、何かしら改善しようとはするでしょ?」


 漫然とやられているのはあまりにも芸がない。


 攻撃されるのはともかくとして、打開の糸口となる部分を探そうとはすべきである。


 林崎もそこは分かっているようで、ピッチの左側を指さす。


「中は荒れていますので、サイドの方を主体にしますかね」

「なるほど」


 ピッチの荒れ具合は当然使われる度合いによって変わってくる。


 一番荒れやすいのは両軍ゴール前付近だ。次に中央である。サイドは比較的マシなように見えた。


「そのうえで右よりは左ですかね」


 左サイドバックは曽根本で特筆すべき能力はないが、基本はしっかりしている。その前にいるのは芦ケ原で本来ならスタメンだ。


 一方、右サイドバックの南羽は運動能力こそともかく、サッカー経験は浅い。更に前にいるのは実戦にはほとんど出ていない陽人である。個人にも連携という面でも疑義がある。


 少しマシな左サイドを使って、相手陣からせめてシュートくらいまでは持っていきたい。そうでなければ相手に嵩にかかられて、一気に崩壊してしまいかねない状況だ。



 今のところ、林崎の分析を高踏はピッチでは活かせていない。


 林崎のポジションにいる道明寺尚は、技術面では大きく劣るわけではないが、分析力は若干劣る。また、もちろん、俯瞰して見えるものとピッチ上で見えるものとでは違いがある。相手の圧力にさらされていて、打開の糸口を見いだせというのも難しい。


「ベンチの後田君が気づくといいのだけど」


 陽人がいないので、テクニカルエリアに出ている後田であるが、おそらく効果的なアドバイスは送れていないのだろう。選手達が気にする素振りもない。


「それ以上に、久村さんが下がり過ぎかも……」


 結菜の言うように、アンカーの位置にいる久村がほとんどセンターバックの位置まで入ってきている。久村には陸平ほどの視野の広さと守備範囲はないが、最終局面での読みと当たりの強さは負けていない。


 ただ、そのせいもあってか、この試合は下がっていて最終局面で相手の前線にいる石津統いしづ すべる漆川朝幸うるしかわ ともゆきのところにいることも多い。


 そのプレー自体はそれで良いとしても、久村がそこまで下がるということは、全体が押し下げられていることとなり、クリアしても二次、三次攻撃を受けることとなる。


「5-3-2に近い状況になってきているよね」


 久村の位置に陽人が下がり、右ウイングにいる篠倉がサイドハーフの位置に下がってしまっている。


 それだけ下がっていても、いや、下がっているから波状攻撃を受けている。



『パスが石津に渡った! シュート! おぉっと! 須貝、ここは大きく弾いてコーナーに逃れました』

『……これは須貝君、素晴らしいですね。シュートがイレギュラーバウンドしています。キャッチしようとしていたら前に弾いてしまった可能性がありました。とっさの判断で弾く方に切り替えたのは良かったですよ』


『コーナーキックを蹴るのは神南。ここは須貝が直接キャッチしました』


 前半10分前後、高踏はほとんど須貝の孤軍奮闘に支えられていた。

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