1月4日 14:20

 スタンドの裏側では、高踏、弘陽学館の両チームが列をなし、入場の時を待っていた。


「そっちは今日もまた大分変えてきたな~」


 先頭にいる陽人は、唐突に声をかけられた。


 相手の主将である平尾だ。


 自分達のメンバーのことを知っているのか、と少し意外に思った。


「何だよ? それは相手のことくらい調べるだろうよ。まさかおまえ達は弘陽学館のことを知らないとか言わないよな?」

「いえいえ、そんなことはないですよ。お手柔らかにお願いします」


 陽人は慌てて首を振る。


 もっとも、名前とポジションくらいは一応覚えたが、対策をしたかというと何もしていない。極論を言えば、調整だけで目一杯で相手のことは二の次だ。


「瑞江も戸狩もベンチスタート。随分と舐めてくれるねぇ」


 陽人は苦笑しながら答える。


「舐めているわけではなく、ウチは中一日でやるのがしんどいんですよ。みんな一年ですんで」

「冗談だ。そんなことくらい分かっているよ。そもそも、ウチが相手だと、そっちの上手い下手なんて関係ないから、な。コンディションのいい奴を出して、ひたすら走ろうという作戦の方が賢い」

「……まあ、そんなものです」


 明らかに馬鹿にされているような響きだが、全く間違っているわけでもないので、ひとまず素直に従う。


「洛東のヤツラなら、嫌らしく1点か2点取ってあとはダラダラ試合を殺すんだろうけれど、弘陽は真っ向勝負だ。点差はつくかもしれないが、悪く思わんでくれ」


 洛東平安は夏の総体優勝チームだ。GKと4バック全員に世代別代表経験があり、とにかく守備に関しては鉄壁と言われている。代表経験のある人数だけなら弘陽学館の方が多いが、鉄壁の守備を誇るこのチームには勝てていない。


 それだけに対抗意識は強いようだ。


「いえいえ、とんでもないです」

「ま、1年ばかりでここまで来る君らの素質は相当なものだし、あと2年間サッカーのことだけを考えてやっていれば、3年の時には国立まで行けるようになるんじゃないか?」

「……ありがとうございます」


 今回は勝つのは弘陽学館だ、ということのようだ。


 尊大というより、勝つのが当たり前という意識でいるのだろう。相手を飲んでかかっているということのようだ。


(しかし、24時間サッカーのことだけ考えると言っても、どこからどこまでサッカーなんだろうなぁ? 俺なんかゲームの発想とか、バスケの発想なんかも取り入れているんだけど……?)


 明確な線引きをすると、意外と視野が狭まることもあるのではないか。


 そんなことも思ったが、口にすると「可愛くない1年だ」と思われるだけである。


 何も言わずに入場の時を待つことにした。



 ピッチに入り、スタンドを眺めるとさすがに観客が多い。


 2回戦の時も大野目当てでかなり来ていたが、今回は満員を超えている、超満員だ。



 そのスタンドでは、藤沖と中学生組、ベンチ外メンバーとなり合流している林崎大地が揃って渋い顔をしていた。


「うーん、やっぱり地元・関東の弘陽学館を応援する方が多そうだな」

「そうですね」


 ただし、しばらくすると若干風向きが変わる。


「あれ、高踏は監督がいない?」


 チームの列を見ていた観客から疑問の声があがった。


「本当だ」


 高踏の列がベンチに向かうが、そこに大人がいない。


 おまけに陽人もピッチの中に入っていったため、テクニカルエリア付近には後田がいるだけだ。


「というか、高踏ってベンチに女子マネージャーがいるじゃん。しかも2人も」


 2人の女子マネージャーがいることも多くの者にとっては初耳だったようだ。


 もっとも、これまでは真田に説明するのが主で、目立つところに出て来ることがなかったのであるが。


「監督不在は2回戦でペットボトルを頭に食らっている影響?」

「本当か? そうでなくても公立校で1年しかいないのに、事故で監督までいないのは可哀相だな」

「得点王の瑞江もいないぞ?」

「2回戦も途中から出ていたな。中1日だし、無理させないんだろ」


 あちこちから思い思いの発言が聞こえてくる。


 同情的な空気も広がってきたように感じられた。



 もちろん、そうした空気を含めても、有利とはいえない。


「監督がいないこと自体は、高踏には何ら影響がない。だから、真田さんがいないことでマイナスにはならないけれど……」


 真田はこれまで試合中には特に何もしていない。


 だから、不在はマイナスにならないし、マネージャーが試合観戦に集中できるというプラスもある。情報収集が平常よりも進むし、陽人がいない前半、後田のサポートをできるのは彼女達だけだ。


「それを差し置いてもねぇ。ま、何にせよ総力戦だ。少しでも良い試合になるといいけどね」

「勝てる可能性、ありますかねぇ」

「常識的に考えると苦しいねぇ。相手は強豪なんてレベルではなく、日本高校界でトップ2に入るところだ。しかも、ベストメンバーではないし、第2試合というのもきつい」


 2試合目ということもあって、ピッチは荒れている。


 パス主体だと、ボールがイレギュラーする頻度が増えることは明白だ。フィジカル重視の弘陽学館に分のある展開となる。


「そうですねぇ……」


 さすがの結菜も、元気がない。



 14時20分。


 主審の笛が鳴る。


 今年度、最大のチャレンジとも呼べる一戦がスタートした。

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